・・・について、ドオデエの通俗性について、さらに一転、斎藤実と岡田啓介に就いて人物月旦、再転しては、バナナは美味なりや、否や、三転しては、一女流作家の身の上について、さらに逆転、お互いの身なり風俗、殺したき憎しみもて左右にわかれて、あくる日は又、・・・ 太宰治 「喝采」
・・・私とそっくりおなじ男がいて、この世にひとつものがふたつ要らぬという心から憎しみ合ったわけでもなければ、その男が私の妻の以前のいろであって、いつもいつもその二度三度の事実をこまかく自然主義ふうに隣人どもへ言いふらして歩いているというわけでもな・・・ 太宰治 「逆行」
・・・善人どうしは、とかく憎しみ合うもののようである。彼は、父の無言のせせら笑いのかげに、あの新聞の読者を感じた。父も読んだにちがいなかった。たかが十行か二十行かの批評の活字がこんな田舎にまで毒を流しているのを知り、彼は、おのれのからだを岩か牝牛・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・彼女は、家兎の目を宿して、この光る世界を見ることができ、それ自身の兎の目をこよなく大事にしたい心から、かねて聞き及ぶ猟夫という兎の敵を、憎しみ恐れ、ついには之をあらわに回避するほどになったのである。つまり、兎の目が彼女を兎にしたのでは無くし・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・ 立って、二階から降り、あきらめきれず、むらむらと憎しみが燃えて逆上し、店の肉切庖丁を一本手にとって、「姉さんが要るそうだ。貸して。」 と言い捨て階段をかけ上り、いきなり、やった。 姉は声も立てずにたおれ、血は噴出して鶴の顔・・・ 太宰治 「犯人」
・・・衣、食、住のこと、それから恋愛など、愛と憎しみの諸問題。その素朴ないくつかの主題は、その社会がそのときおかれている歴史的な条件で、さまざまに表現をかえて来る。衣、食、住、愛憎の問題だけを見ても、戦争中は、人間的な欲求の一切を抹殺した権力によ・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・そこには、いく種類かの愛と憎しみと混乱、哀愁と憐憫がある。そのどれもは、伸子の存在にかかわらず、それとしての必然に立って発生し、葛藤し、社会そのものの状態として伸子にかかわって来ている。伸子は伸子なりに渦巻くそれらの現実に対し、あながち一身・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・そのような劇しい憎しみを持っている男の俤を伝えている定子が、無条件に可愛いということがあるだろうか。まして葉子のような気質の女である場合。―― 母性は非常に本源的なものであるが、それだけに無差別な横溢はしないものであると感じられる。しん・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ ×なぐらせるという反抗の仕方だけ残され憎しみのかたまりとなってうんとなぐらせる。 ×手ばなしでなぐられる金しばりの中で頑固に自らを試煉する。 これらの作品は、非常に複雑で熱い意欲をた・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・ 私の読んだのは、どれもどれもみじめな可哀そうな娘を中心にして暗い、悲惨な、憎しみだの、そねみだの、病や又は死、と云うものをくっつけてありました。 それを読みながら、私でさえ淋しい気持になりました。又そうなる様に書いてあるんです。・・・ 宮本百合子 「現今の少女小説について」
出典:青空文庫