・・・自分は憎しみによって一層根気づよくなり腰をおとさず揉み合っている。日本共産党をどう考えるかというようなことである。 自分は、日本共産党は飽くまでも一つの政党であると云った。合法、非合法はその国の状態によるのであって、決して共産党そのもの・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・妙なことに拘わって、忍耐強い性格のまま執念くやられると、私は憎しみさえ感じた。そして、怒った。怒りながら、私は祖母のために、編ものをした。細かい身の廻りのことにおのずから気がついた。「いやなお祖母様。この装でお出かけになる積り? 駄目!・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 下の弟達が両親になついて居るのを見ると羨しさと憎しみが一度きに湧いて来るんです。 なつかない私を見れば両親だって頼りない様な眼附をしますしねえ、 女の母親なんかは私に気づかいさえして居るらしいんですもの。「貴方が苦しいより・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・に対する憎しみで体が震える様であった。 そして彼に対する大人らしい同情が一層愛情を強く燃えたたせて、彼の味方は世界中に自分がたった一人有るばかりだと云う肩の折れそうな責任と誇りを感じたのであった。 その時から私の知って居る以外の大人・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・が、先生の顔には、相手が、未だ十八の、少女であるのを忘却したほどの憤り、憎しみが燃えている。 一二秒、立ち澱み、やがておつやさんは、矢絣の後姿を見せながら、しおしお列を離れて、あちらに行った。 彼女は素直に、顔を洗いに行ったのだ。・・・ 宮本百合子 「追想」
・・・ その馬鹿野郎というのは、決して憎しみや、侮蔑から作男共に向って云われたのではない。 これからそろそろと御意なりに落しにかかろうとする獲物に対する非常に粗野な残酷な愛情に似た一種の感情の発露なのである。 年寄りは、着々成功しかか・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 子供達の心は、忽ちの内に兄に対する憎しみの心で満ち満ちたものと見え、一番気の強そうな、額の大きな子が、とがった声で、「兄にい、己にもよ。と云った。 一番の兄は、自分の失敗に険しい目をして弟共をにらみながら次から次と・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・或る者は、奇怪な道徳感によって、家のために殆ど憎しみを感じる程の異性と配せられたものもあろう。 或る者は、打算的な賢明さから、人格を無視して所謂金持に運命を任せ、今、その暴虐と冷酷とに、あらゆる笑を失っている者もあるだろう。こんな意識は・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・その自己嫌悪を追いつめてゆくと、恐ろしいことだが、彼にも深い憎しみを感じずにいられない。鼻のわきに悪人づらの皺をよせ、『到頭勝ちましたね。口惜しいが貴方の註文通り私は苦しんでいる。ハッハ』と云いたい瞬間さえある。が、私は忽ち自分の心・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
・・・愛とを大きくするための主我欲との苦闘。主我欲を征服し得ないために日々に起こる醜い煩い。主我欲の根強い力と、それに身を委せようとする衝動と。愛と憎しみと。自己をありのままに肯定する心と、要求の前に自己の欠陥を恥ずる心と。誠実と自欺と。努力と無・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫