・・・どうかこの広告に憤る読者は里見君に非難を加えて下さい。「侏儒の言葉」の作者。 追加広告 前掲の広告中、「里見君に非難を加えて下さい」と言ったのは勿論わたしの常談であります。実際は非難を加えずともよろしい。わたしは或批評家・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 詩人は声はり上げて『わが心高原にあり』をうたい、『いざ去らば雪をいただく高峰』の句に至りて、その声ひときわ高く、その目は遠く連山の方を見やりて恋うるがごとく、憤るがごとく、肩に垂るる黒髪風にゆらぎ昇る旭に全身かがやけば、蒼空をかざして・・・ 国木田独歩 「星」
・・・その時わが精神の発展が自個天然の法則に遵って、自己に真実なる輪廓を、自らと自らに付与し得ざる屈辱を憤る事さえある。 精神がこの屈辱を感ずるとき、吾人はこれを過去の輪廓がまさに崩れんとする前兆と見る。未来に引き延ばしがたきものを引き延ばし・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・濁る浪の憤る色は、怒る響と共に薄黒く認めらるる位なれば櫓の周囲は、煤を透す日に照さるるよりも明かである。一枚の火の、丸形に櫓を裏んで飽き足らず、横に這うてひめがきの胸先にかかる。炎は尺を計って左へ左へと延びる。たまたま一陣の風吹いて、逆に舌・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・それを、お前が無茶云うから、船長だって憤るんだ」 セコンドメイトは、栗のきんとん見たいな調子で云った。 そのきんとんには、サッカリンが多分に入っていることを、私は知っていた。その上、猫入らずまで混ぜてあったのだが、兎に角私は、滅茶苦・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・故に、万のことに付ても夫を先立て我身を後にし、我為せる事に能事ある迚も誇る心なく、亦悪事ありて人にいはるゝ迚も争はずして早く過を改め、重て人に謂れざる様に我身を慎み、又人に侮れても腹立憤ることなく、能く堪て物を恐慎べし。如斯心得なば夫婦の中・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・下等士族もまた給人分の輩は知らぬことなれども彼の一条は云々、とて、互に竊に疑うこともあり憤ることもありて、多年苦々しき有様なりしかども、天下一般、分を守るの教を重んじ、事々物々秩序を存して動かすべからざるの時勢なれば、ただその時勢に制せられ・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・協力は笑う、協力は最も清潔に憤ることも知っている。協力は愛のひとつの作業だから、結局のところ相手が自分に協力してくれるその心にだけ立って自分の協力も発揮させられてゆくという受身な関係では、決して千変万化の人間らしい協力の花を咲かせることはで・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・互にまともな結婚もなかなかできない下級サラリーマンとウーマンとが、自分たちのゆがめられしぼられている小さい恋の花束を眺めて、野暮に憤る代りに、肩をすくめ、目交ぜし合い、やがて口笛を吹いてゆくような新らしげな受動性。あるいは「女の心」に扱われ・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・真に憤るだけの心の力をもった女は美しいと思う。真に悲しむべきことを悲しめる女のひとは立派と思う。本当にうれしいことを腹からうれしいと表現する女のひとは、この世の宝ではないだろうか。そして、あらゆるそれらのあらわれは女らしいのだと思う。 ・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
出典:青空文庫