・・・「お客様、お前は性悪だよ、この子がそれがためにこの通りの苦労をしている、篠田と云う人と懇意なのじゃないか、それだのにさ、道中荷が重くなると思って、託も聞こうとはせず、知らん顔をして聞いていたろう。」 と鋭い目で熟と見られた時は、天窓・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・親類も糞もあるもんか、懇意も糸瓜もねいや、えい加減に勝手をいえ、今日限りだ、もうこんな家なんぞへ来るもんか」 薊は手荒く抑える人を押し退けて降りかける。「薊さんそれでは困る、どうかまあ怒らないでください。とよが事はとにかく、どうぞ心・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ おやじがこういうもんだから、一と朝起きぬきに松尾へ往った、松尾の兼鍛冶が頼みつけで、懇意だから、出来合があったら取ってくる積りで、日が高くなると熱くてたまんねから、朝飯前に帰ってくる積りで出掛けた、おらア元から朝起きが好きだ、夏でも冬・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・と問われて、私も樋口とは半年以上も同宿して懇意にしていたにかかわらず、さて思い返してみて樋口が何をまじめに勉強していたか、ついに思い出すことができませんでした。 そこで木村のことを思うにつけて、やはり同じ事であります。木村は常に机に向い・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・『実はわたしも驚いてしまったのだ、昨夜何屋の若者が来て、これこれの客人がすぐ来てくれろというから行って見ると、その人はあっちで吉さんとごく懇意にしていた方で、吉さんが病気を親切に看病してくださったそうな。それで吉さんの死ぬる時吉さんから・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ と未だ言い了らぬに上村と呼ばれし紳士は快活な調子で「ヤ、初めて……お書きになった物は常に拝見していますので……今後御懇意に……」 岡本は唯だ「どうかお心安く」と言ったぎり黙って了った。そして椅子に倚った。「サアその先を……・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ その中でも前に住む大工は年ごろが私と同じですし、朝出かける時と、晩帰える時とが大概同じでございますから始終顔を合わせますのでいつか懇意になり、しまいには大工の方からたびたび遊びに来るようになりました。 大工は名を藤吉と申しましたが・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ごく懇意でありまたごく近くである同じ谷中の夫の同僚の中村の家を訪い、その細君に立話しをして、中村に吾家へ遊びに来てもらうことを請うたのである。中村の細君は、何、あなた、ご心配になるようなことではございますまい、何でもかえってお喜びになるよう・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・日頃懇意な植木屋が呉れた根も浅い鉢植の七草は、これもとっくに死んで行った仲間だ。この旱天を凌いで、とにもかくにも生きつづけて来た一二の秋草の姿がわたしの眼にある。多くの山家育ちの人達と同じように、わたしも草木なしにはいられない方だから、これ・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・「では、伯母さん、御懇意になった方のところへ行ってお別れなすったらいいでしょうに。伯母さんのお荷物はわたしが引受けますから」「そうせずか。何だか俺は夢のような気がするよ」 おげんは姪とこんな言葉をかわして、そこそこに退院の支度を・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫