・・・思い余って、母に打ち明け、懇願した。 母は驚愕した。ひきとめる節子をつきとばし、思慮を失った者の如く、あああと叫びながら父のアトリエに駈け込み、ぺたりと板の間に坐った。父の画伯は、画筆を捨てて立ち上った。「なんだ。」 母はどもり・・・ 太宰治 「花火」
・・・男は何かというと、これは、私も最近ようやく気附いた事で、この大発見を諸君に易々と打明けるのは惜しいのであるが、ただいま期せずして座の一隅より、切望懇願のうめき声が発せられたようでもあり、まあ致しかた無い、御伝授しましょう。男子の真価は、武術・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ 十二、三歳のむすめのように、さちよは汽車の中で、繰りかえし繰りかえし懇願した。親戚の間で、この伯父だけは、さちよを何かと不憫がっていた。伯父は、承諾したのである。故郷のまちの二つ手前の駅で、伯父とさちよは、こっそり下車した。その山間の・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・二本では足りないので、おかみさんの義侠心に訴えて、さらに一本を懇願しても、顔をしかめるばかりで相手にしない。さらに愁訴すると、奥から親爺が顔を出して、さあさあ皆さん帰りなさい、いまは日本では酒の製造量が半分以下になっているのです。貴重なもの・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・もし陛下の御身近く忠義こうこつの臣があって、陛下の赤子に差異はない、なにとぞ二十四名の者ども、罪の浅きも深きも一同に御宥し下されて、反省改悟の機会を御与え下されかしと、身を以て懇願する者があったならば、陛下も御頷きになって、我らは十二名の革・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・と彼女の言葉を押して、理解され愛されることを懇願せず、「それならば仕方がありません。私は、謹んで引下って居ります。私もよく考えますから、どうぞ、おかあさまも、よくお考えになって下さい」と云って、立ってしまった為、一層、傷けられて感じ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ そのように親類になってくれと懇願されている者は、電燈会社の集金人であった。石川は台所へ上って、「奥さん、あの人には私から親類になるようによく話しますからね、一先ずこんな物はしまって置きましょう」と云った。「親類になるまでに・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫