・・・柳行李の中に、長女からもらった銀のペーパーナイフを蔵してある。懐剣のつもりなのである。色は浅黒いけれど、小さく引きしまった顔である。身なりも清潔に、きちんとしている。左の足が少し悪く、こころもち引きずって歩く様子も、かえって可憐である。入江・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・在昔の武家の婦人が九寸五分の懐剣を懐中するに等しく、専ら自衛の嗜みなりと知る可し。一 若き時は夫の親類友達下部等の若男には打解けて物語近付べからず。男女の隔を固すべし。如何なる用あり共、若男に文など通すべからず。 若・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・之を形容すれば文明女子の懐剣と言うも可なり。一 女性は最も優美を貴ぶが故に、学問を勉強すればとて、男書生の如く朴訥なる可らず、無遠慮なる可らず、不行儀なる可らず、差出がましく生意気なる可らず。人に交わるに法あり。事に当りて論ず可きは大に・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・「形容すれば文明女子の懐剣と云うも可なり」そして、この新興日本にふさわしい大啓蒙学者は青年のような英気をもって、「夫れ女子は男子に等しく生れて」という冒頭の一句から全篇二十三ヵ条にわたって真に心と肉体の健やかで人間らしい娘、妻、母を生むため・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
かなしい昔の母たちが最愛の娘のためにととのえてやる生涯の仕度は、幾重ねかの嫁入衣装と一ふりの懐剣とであった。現代の若い母が、わが娘への深い愛情をひろく次の世代の女性たちの幸福への建設というところまでひろげて感じ、その暖いた・・・ 宮本百合子 「『進み行く娘達へ』に寄せて」
・・・「形容すれば文明女子の懐剣と云うも可なり」といっている福沢諭吉の言葉は、爾来四十余年を経た今日私たちの現実のなかで、はたしてどのように形をとって来ているであろうか。「新日本国には自から新人の在るあり、我輩は此新人を友にして新友と共に事を与に・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
出典:青空文庫