・・・すなわち国を立てまた政府を設る所以にして、すでに一国の名を成すときは人民はますますこれに固着して自他の分を明にし、他国他政府に対しては恰も痛痒相感ぜざるがごとくなるのみならず、陰陽表裏共に自家の利益栄誉を主張してほとんど至らざるところなく、・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・其事に見われしもの之を事の持前というに、事の持前は猶物の持前の如く、是亦形を成す所以のものなり。火の形に熱の意あれば水の形にも冷の意あり。されば火を見ては熱を思い、水を見ては冷を思い、梅が枝に囀ずる鶯の声を聞ときは長閑になり、秋の葉末に集く・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・蕪村の牡丹を詠ずるはあながち力を用いるにあらず、しかも手に随って佳句を成す。句数も二十首の多きに及ぶ。そのうち数首を挙ぐれば牡丹散って打重なりぬ二三片牡丹剪って気の衰へし夕かな地車のとゞろとひゞく牡丹かな日光の土にも彫れ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・人として、偉大な人生の些やかな然し大切な一節を成す自分の運命として、四囲の関係の裡に在る我を通観する事に馴れない彼女は、自分の苦しむ苦、自分の笑う歓喜を、自分の胸一つの裡に帰納する事は出来ても、苦しむ自分、笑う自分を、自分でより普遍的な人類・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・工場・農村に於ては特に生産者としての婦人を、また生産者の妻や妹を、また出征兵士の家族たる婦人を、街頭サークルに於ては多分その主たるメンバーを成すだろう失業せる婦人を。 だから婦人の同盟員やサークル内の活動的婦人メンバーはさきに立ってメー・・・ 宮本百合子 「メーデーに備えろ」
・・・人は社会を成す動物だ。樵夫は樵夫と相交って相語る。漁夫は漁夫と相交って相語る。予は読書癖があるので、文を好む友を獲て共に語るのを楽にして居た。然るに国民之友の主筆徳富猪一郎君が予の語る所を公衆に紹介しようと思い立たれて、丁度今猪股君が予に要・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・しかし遣りようでは、激成するというような傾きを生じ兼ねない。その候補者はどんな人間かと云うと、あらゆる不遇な人間だね。先年壮士になったような人間だね。」 茶を飲んで席を起つものがちらほらある。 木村は隠しから風炉鋪を出して、弁当の空・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・それは Aesthet として徹底する道であるとともに、またさらにより高い世界へ転向する可能性を激成する道である。けれども彼にはそれがない。彼の製作はいかにも突き入って行く趣を欠いている。すべてが核心に触れていない。 このような三人の相・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫