・・・ 女を夫が邪にするのであるか、それとも、夫と妻との成り立ちとその生活に世俗のしきたりが求めている何かによって、妻が邪になり、いつしか弱者の人間的堕落の象徴として欺瞞を身につけるのであるか。日本の社会の現実のなかでは、特別この点が両性相剋・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
・・・こんな永年、経済の上では成り立ちようもない俸給で司書の仕事をしつづけて来ているのだから、この人の三十年の生計は平安であり、寧ろゆとりがあるものかもしれない。そうだとしても、三十年という時間は人生における何かである。そして、この人は三十年間一・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・の中でマルクスの心を打ったほど鋭く現実の資本主義商業の成り立ちを喝破していることと撞着するものでないというのが、バルザックの花車を押し出した一部のプロレタリア作家・理論家たちの論拠であったと見られるのである。 ところで、ここに一つの私達・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・日本の近代社会の成り立ち、官製文明国としての特質が、日本的な現実性においてそうあらしめないであろう。 若し、社会的条件がそれを可能ならしめるならば、例えば犬養健氏、水上瀧太郎氏等の文学が、今日在るのとは全然変ったものとして生れたであろう・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・ アメリカの社会の成り立ちの性質は、この小説の主人公クライドのような貧しい、正統な教育もさずけられていない、孤独な青年の胸のなかにも、出身や栄達の希望と空想とを抱かせる一応のデモクラシーがあるようで、デモクラシーの名とともに燦く富の力は・・・ 宮本百合子 「文学の大陸的性格について」
出典:青空文庫