・・・後に母の母が同棲するようになってからは、その感化によって浄土真宗に入って信仰が定まると、外貌が一変して我意のない思い切りのいい、平静な生活を始めるようになった。そして癲癇のような烈しい発作は現われなくなった。もし母が昔の女の道徳に囚れないで・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・片意地ではない、家のためだとはいうけれど、疳がつのってきては何もかもない、我意を通したい一路に落ちてしまう。怒って呆れて諦めてしまえばよいが、片意地な人はいくら怒っても諦めて初志を捨てない。元来父はおとよを愛していたのだから、今でもおとよを・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・時には我意中の美人と共に待つ事もある。通り掛りの上臈は吾を護る侍の鎧の袖に隠れて関を抜ける。守護の侍は必ず路を扼する武士と槍を交える。交えねば自身は無論の事、二世かけて誓える女性をすら通す事は出来ぬ。千四百四十九年にバーガンデの私生子と称す・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・今でも私は時に J'agis, jeveux, donc je suis[我行為す、我意志す、故に我あり]などいう語を引用することがある。しかしクーザンの出版したものは、遂に手に入れることができなかった。従って受働的習慣と能働的習慣との区別・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・ 此一章は下女の取扱法を教えたるものにして、第一に彼等の言うことを軽々しく信じて姨の親しみを薄くする可らず、其極めて多言なる者は必ず家族親類風波の基なれば速に追出す可し、都て卑しき者を使うには我意に叶わぬことも少なからず、漫りに立腹・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・元より無我と云う字の解釈にも依りますが、字書通り、我見なきこと、我意なきこと、我を忘れて事をなすと致しましても、結局「我」と云うものを無いと認める事は出来ませんでしょう。 私心ないと云う事、我見のないと云う事は、自分の持って居る或る箇性・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・私の為、私の為と云い、思い乍ら、つまり我意を拡張させようとする。自分が見る丈の世界でよしとするもののみを、我々の上に実現させようとされる。彼程、お前の愛す者なら、良人として何人も認めると云われはしても、若し、母上の撰択のみに従い、母上の批評・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・淀君は殆んど分別なく我意を揮った。豊臣家の存亡ということについて、責任を負う気持がなかったのも当然である。 悲劇と喜劇とが錯綜して、日夜運行していた大坂城の中にお菊という一人の老女があった。余程永年、豊臣家に仕えていたものらしい。ところ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫