・・・ 月がいいのである晩行一は戸外を歩いた。地形がいい工合に傾斜を作っている原っぱで、スキー装束をした男が二人、月光を浴びながらかわるがわる滑走しては跳躍した。 昼間、子供達が板を尻に当てて棒で揖をとりながら、行列して滑る有様を信子が話・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・この時振動の力さらに加わりてこの室の壁眼前に崩れ落つる勢いすさまじく岡村と余とは宮本宮本と呼び立てつつ戸外に駆けいでたり。十蔵も続いて駆けいでしが独り二郎のみは室に残りぬ、われいかでためろうべき、二郎を連れ出さばやと再び内に入らんとするを岡・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 豆洋燈つけて戸外に出れば寒さ骨に沁むばかり、冬の夜寒むに櫓こぐをつらしとも思わぬ身ながら粟だつを覚えき。山黒く海暗し。火影及ぶかぎりは雪片きらめきて降つるが見ゆ。地は堅く氷れり。この時若き男二人もの語りつつ城下の方より来しが、燈持ちて・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・銃をとると、彼は扉を押して、戸外へ躍りでた。扉が開いたその瞬間に、刺すような寒気が、小屋の中へ突き入ってきた。シーシコフもつづいて立ちあがった。「止れ! 誰れだ?」 支那人は、抑圧せられ、駆逐せられてなお、余喘を保っている資本主義的・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・五時頃、まだ戸外は暗いのに、もう起きている。幼い妹なども起される。──麦飯の温いやつが出来ているのだ。僕も皆について起きる。そうすると、日の長いこと。十一月末の昼の短い時でも、晩が来るのがなか/\待遠しい。晩には夜なべに、大根を切ったり、屑・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・また観行院様は至って注意深い方で、例えば星は四時地位の定まらないものであるのに一寸戸外へ出て天を仰いで星を御覧になると、ああ彼星が彼辺に在るから最う何時であるなぞと、ちゃんと時を知って居られた。そういう調子であったから子供心にも時々驚いて服・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 或る満月の晩おそく、彼女は静かに部屋の戸を開けて、こわごわ戸外を覗いて見ました。淋しいスバーと同じように、彼女自身満月の自然は、凝っと眠った地上を見下しています。スバーの若い健やかな生命は、胸の中で高鳴りました。歓びと悲しさとが、彼女・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ 戸外へ出て、わかい盗賊は、うら悲しき思いをした。この憂愁は何者だ。どこからやって来やがった。それでも、外套の肩を張りぐんぐんと大股つかって銀杏の並木にはさまれたひろい砂利道を歩きながら、空腹のためだ、と答えたのである。二十九番教室の地・・・ 太宰治 「逆行」
・・・気を取りなおして、よし、もういちど、と更に戸外の長蛇の如き列の末尾について、順番を待つ。これを三度、四度ほど繰り返して、身心共に疲れてぐたりとなり、ああ酔った、と力無く呟いて帰途につくのである。国内に酒が決してそんなに極度に不足しているわけ・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・暗いからわからぬが、何か釜らしいものが戸外の一隅にあって、薪の余燼が赤く見えた。薄い煙が提燈を掠めて淡く靡いている。提燈に、しるこ一杯五銭と書いてあるのが、胸が苦しくって苦しくってしかたがないにもかかわらずはっきりと眼に映じた。 「しる・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫