・・・それから某宗の管長某師は蟹は仏慈悲を知らなかったらしい、たとい青柿を投げつけられたとしても、仏慈悲を知っていさえすれば、猿の所業を憎む代りに、反ってそれを憐んだであろう。ああ、思えば一度でも好いから、わたしの説教を聴かせたかったと云った。そ・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・ 悲劇 悲劇とはみずから羞ずる所業を敢てしなければならぬことである。この故に万人に共通する悲劇は排泄作用を行うことである。 強弱 強者とは敵を恐れぬ代りに友人を恐れるものである。一撃に敵を打ち倒すこと・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・康頼もそれを見ているのは、仏弟子の所業とも思われぬ。おまけにあの女を乗せる事は、おれのほかに誰も頼まなかった。――おれはそう思うたら、今でも不思議な気がするくらい、ありとあらゆる罵詈讒謗が、口を衝いて溢れて来た。もっともおれの使ったのは、京・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・僕の所業を知った父は「せっかくの蘭を抜かれた」と何度も母にこぼしていた。が、格別、そのために叱られたという記憶は持っていない。蘭はどこでも石の間に特に一、二茎植えたものだった。 九 夢中遊行 僕はそのころも今のように・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・いや、この時刻だから強盗の所業です。しかし難有い。」 と、枕だけ刎ねた寝床の前で、盆の上ながらその女中――お澄――に酌をしてもらって、怪しからず恐悦している。 客は、手を曳いてくれないでは、腰が抜けて二階へは上れないと、串戯を真顔で・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ ことに、お前のやつは、何かをびくびく怖れての所業だ。だから、一層おれはいやだった。成金は金があるというだけで、十分だ。それ以上、なにを望むというのか。金を儲けたという、すさまじい重圧の下で、じっと我慢してりゃ良いのだ。じたばたする必要・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・それは、あきらかに勝治の所業であった。その画は小さいスケッチ版ではあったが、父の最近の佳作の一つであった。父の北海道旅行の収穫である。およそ二十枚くらい画いて来たのだが、仙之助氏には、その中でもこの小さい雪景色の画だけが、ちょっと気にいって・・・ 太宰治 「花火」
・・・須永というあまり香ばしからぬ役割の作中人物の所業としてそれが後世に伝わることになってしまった。そのせいではないが往来で葉巻を買って吸付けることはその時限りでやめてしまった。 ドイツからパリへ行ったら葡萄酒が安い代りに煙草が高いので驚いた・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・彼等の自然の生活に何かしらこれに似た所行がありはしないかという疑問が起る。 動物の場合にはこれらの球技は直接間接に食うための労役である。人間の場合においては、球技を職業とする人は格別、普通にはとにかく不生産的の遊戯であり、日常生活の営み・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・ ついでながら、人間のする大概の所業は動物界にもその原型を見出すことが出来るが、ただ「煙」をこしらえてそれを吸うという芸当だけは全く人間だけに限るようである。それでこの最も人間的な人間固有の享楽と慰安に資料を供給する専売局の仕事はこ・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
出典:青空文庫