・・・われ、その時、宗門の戒法を説き、かつ厳に警めけるは、「その声こそ、一定悪魔の所為とは覚えたれ。総じてこの「じゃぼ」には、七つの恐しき罪に人間を誘う力あり、一に驕慢、二に憤怒、三に嫉妬、四に貪望、五に色欲、六に餮饕、七に懈怠、一つとして堕獄の・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・B それは三等の切符を持っていた所為だ。一等の切符さえ有れあ当り前じゃないか。A 莫迦を言え。人間は皆赤切符だ。B 人間は皆赤切符! やっぱり話せるな。おれが飯屋へ飛び込んで空樽に腰掛けるのもそれだ。A 何だい、うまい物うま・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ この池を独り占め、得意の体で、目も耳もない所為か、熟と視める人の顔の映った上を、ふい、と勝手に泳いで通る、通る、と引き返してまた横切る。 それがまた思うばかりではなかった。実際、其処に踞んだ、胸の幅、唯、一尺ばかりの間を、故とらし・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ と昔語りに話して聞かせた所為であろう。ああ、薄曇りの空低く、見通しの町は浮上ったように見る目に浅いが、故郷の山は深い。 また山と言えば思出す、この町の賑かな店々の赫と明るい果を、縦筋に暗く劃った一条の路を隔てて、数百の燈火の織目か・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・が、俺たちの為す処は、退いて見ると、如法これ下女下男の所為だ。天が下に何と烏ともあろうものが、大分権式を落すわけだな。二の烏 獅子、虎、豹、地を走る獣。空を飛ぶ仲間では、鷲、鷹、みさごぐらいなものか、餌食を掴んで容色の可いのは。……熊な・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・霜に、雪に、長く鎖された上に、風の荒ぶる野に開く所為であろう、花弁が皆堅い。山吹は黄なる貝を刻んだようで、つつじの薄紅は珊瑚に似ていた。 音のない水が、細く、その葉の下、草の中を流れている。それが、潺々として巌に咽んで泣く谿河よりも寂し・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・染め候が、赤き霜柱の如く、暫時は消えもやらず有之候よし、貧道など口にいたし候もいかが、相頼まれ申候ことづてのみ、いずれ仏菩薩の思召す処にはこれあるまじく、奇しく厳しき明神の嚮導指示のもとに、化鳥の類の所為にもやと存じ候――西明寺 木・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 赤羽停車場の婆さんの挙動と金貨を頂かせた奥方の所為とは不言不語の内に線を引いてそれがお米の身に結ばれるというような事でもあるだろうと、聞きながら推したに、五百円が失せたというのは思いがけない極であった。「ええ、すっかり紛失?」と判・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 尤もなかなかの悪戯もので、逗子の三太郎……その目白鳥――がお茶の子だから雀の口真似をした所為でもあるまいが、日向の縁に出して人のいない時は、籠のまわりが雀どもの足跡だらけ。秋晴の或日、裏庭の茅葺小屋の風呂の廂へ、向うへ桜山を見せて掛け・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 曳いて来たは空車で、青菜も、藁も乗って居はしなかったが、何故か、雪の下の朝市に行くのであろうと見て取ったので、なるほど、星の消えたのも、空が淀んで居るのも、夜明に間のない所為であろう。墓原へ出たのは十二時過、それから、ああして、ああし・・・ 泉鏡花 「星あかり」
出典:青空文庫