・・・そのような事は職人か手品師の飯の種になるべきものではあるまいか。筆の先を紙になすりつけ、それが数尾のごまめを表わし得て生動の妙を示したところで、これはあまりに職工的なあるいはむしろアクロバチックの芸当であって本当の芸術家としてむしろ恥ずべき・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・あんな手品に乗って気を揉んだのは、馬鹿だった。」こう云って一本腕はいつもの穴にもぐり込んだ。 爺いさんは鼠色の影のようにその場を立ち去った。そして間もなく雪に全身を包まれて、外の寝所を捜しに往く。深い雪を踏む、静かなさぐり足が、足音は立・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・おれはそのあとで、あすこの沼ばたけでおもしろい手品をやって見せるからな。その代わりことしの冬は、家じゅうそばばかり食うんだぞ。おまえそばはすきだろうが。」それから主人はさっさと帽子をかぶって外へ出て行ってしまいました。 ブドリは主人に言・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ しかも宗達は、こんなに柔軟で清新な芸術の世界で、いかにも微笑まれる技術の上の手品を演じている。 画面の左手に、あっさり鳥居がおかれている。画面の重心を敏感にうけて、その鳥居が幾本かの松の幹より遙に軽くおかれているところも心にくいが・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・さもなければ未来派系統の、芸術左翼戦線の、作家詩人の言葉の手品を興がった。そして、自分達も、文学研究会では、やたらに文学団体の各名称について通をふりまわし、作詩と称して実際生活から遊離した言葉をこねくりまわして、並べたり、千切ったりするよう・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・それは小林秀雄が、わけの分らぬ言葉の手品をしていたり、妙な下らぬ小説や賞がはやって、常識がそれにプロテストするからなのだが。 そのプロテストが又いろいろの事情によって三四年前とは全く異り、手がこんでいてひねくれていて、はっきり自明なこと・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その国の歴史の動きというものはまた実に複雑な性質をもっていて、決して手品師の一本の棒の上でまわっている一枚の皿のようなものではなく、種々様々の国内の社会構成の力の消長によって推移する。その複雑ないくつもの社会的な力の摩擦融合の根源は、世界史・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・社会主義リアリズムとよばれる創作方法が、プロレタリア文学運動者たちの珍重するソヴェトわたりの手品の鞠のように傍観されていた時代も、すぎた。 文学における社会性の課題、政治と文学との関係を文学の立場からもっと明らかにしなければならないとい・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・元来を言えばかれは狡猾なるノルマン地方の人であるから人々がかれを詰ったような計略あるいはもっとうまい手品のできないともいえないので、かれの狡猾はかねがね人に知れ渡っているところから、自分の無罪を証明することは到底叶うまじきようにかれも思いだ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ツァウォツキイはすぐに死んで、ユリアの名をまだ脣の上に留めながら、ポッケットに手品に使う白い球を三つと、きたない骨牌を一組入れたまま、死骸は鉄道の堤の上から転げ落ちた。 ツァウォツキイの死骸は墓地の石垣の傍に埋められた。その時グランの僧・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫