・・・彼は、再度の打撃をうけて僅に残っていた胸間の春風が、見る見る中に吹きつくしてしまった事を意識した。あとに残っているのは、一切の誤解に対する反感と、その誤解を予想しなかった彼自身の愚に対する反感とが、うすら寒く影をひろげているばかりである。彼・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ けれども運命は半三郎のために最後の打撃を用意していた。と言うのはほかでもない。三月の末のある午頃、彼は突然彼の脚の躍ったり跳ねたりするのを発見したのである。なぜ彼の馬の脚はこの時急に騒ぎ出したか? その疑問に答えるためには半三郎の日記・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・そのほかまだ何だ彼だといろいろな打撃を通算したら、少くとも三万円内外は損失を蒙っているのに相違ない。――そんな事も洋一は、小耳に挟んでいたのだった。「ちっとやそっとでいてくれりゃ好いが、――何しろこう云う景気じゃ、いつ何時うちなんぞも、・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・が、三浦は澱みなく言を継いで、『これが僕にとっては、正に第一の打撃だった。僕は彼等の関係を肯定してやる根拠の一半を失ったのだから、勢い、前のような好意のある眼で、彼等の情事を見る事が出来なくなってしまったのだ。これは確か、君が朝鮮から帰って・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・――この変化は己の欲望にとって、確かに恐しい打撃だった。己は三年ぶりで始めてあの女と向い合った時、思わず視線をそらさずにはいられなかったほど、強い衝動を感じたのを未にはっきり覚えている。…… では、比較的そう云う未練を感じていない己が、・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・ 僕は実際震災のために取り返しのつかない打撃を受けた年少の実業家を想像していた。それはまた木蔦のからみついたコッテエジ風の西洋館と――殊に硝子窓の前に植えた棕櫚や芭蕉の幾株かと調和しているのに違いなかった。 しかしT君は腰をかがめ、・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・ しかし翌日になると彼れはまたこの打撃から跳ね返っていた。彼れは前の通りな狂暴な彼れになっていた。彼れはプラオを売って金に代えた。雑穀屋からは、燕麦が売れた時事務所から直接に代価を支払うようにするからといって、麦や大豆の前借りをした。そ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・化膿せる腫物を切開した後の痛快は、やや自分の今に近い。打撃はもとより深酷であるが、きびきびと問題を解決して、総ての懊悩を一掃した快味である。わが家の水上僅かに屋根ばかり現われおる状を見て、いささかも痛恨の念の湧かないのは、その快味がしばらく・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・であるから少女の死は僕に取ての大打撃、殆ど総ての希望は破壊し去ったことは先程申上げた通りです、もし例の返魂香とかいう価物があるなら僕は二三百斤買い入れたい。どうか少女を今一度僕の手に返したい。僕の一念ここに至ると身も世もあられぬ思がします。・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・封を切らないうちにもうそれと知って、首を垂れてジッとすわッて、ちょうど打撃を待っているようである。ついに気を引きたてて封を切った。小さな半きれに認めてある文字は次のごとくである。『御ゆるしのほど願い参らせ候今は二人が間のこと何事も水の泡・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
出典:青空文庫