・・・ それはとにかくわれわれ弱い人間が精神的にひどい打撃を受けたときに、頭がぼんやりしたり、一部の神経が麻痺して腰が立たなくなったり、何病とも知れない病人同様の状態になって蒲団を頭からかぶって寝込んでしまったりする。あれもやはり造化の妙機で・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・のだから、冷静な科学的観察が進んでその偽りに気がつくと同時に、権威ある道徳律として存在できなくなるのはやむをえない上に、社会組織がだんだん変化して余儀なく個人主義が発展の歩武を進めてくるならばなおさら打撃を蒙るのは明かであります。 こう・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・しかれども打者の打撃球に触れざる時は打者は依然として立ち、攫者は後にありてその球を止めこれを投者に投げ返す。投者は幾度となく本基に向って投ずべし。かくのごとくして一人の打者は三打撃を試むべし。第三打撃の直球棒と触れざる者攫者よくこれを攫し得・・・ 正岡子規 「ベースボール」
去年の九月に、只一人の妹を失った事は、まことに私にとっては大打撃であって、今までに且つて経験した事のない悲しみと、厳かさを感じさせられた。「時」のたゆみない力のために、それについての事々が記憶から、消される時のあるのを・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・の最後に打撃を加えた出火事件の真相に対して、官憲はどんな調査をしただろう。 のこっている老舗の一つが、依然として講談社であり、そのすべての講談社的特性において残存していることは、日本の現代に何を語るだろう。戦争の年々に老舗たる貫録を加え・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・母の死で打撃を受けている千鶴子の心持も察せられ、その文句も哀れを誘った。けれども、宣言的な前便については一言もふれず、じかに人情に訴える効果を見越したような運びかたは、はる子に落付けないのであった。悲しいいやな心持で、はる子は手紙を状差しに・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・自分としての動機が純であればあるほど、この打撃は痛切なはずです。そこにこそ、その作家にとって昨日はなかった今日および明日の芸術のテーマが与えられているわけです。作家として意欲するにたりるモティーヴがあるわけです。そして、このテーマこそ、日本・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・そして「ストライキをとりあげた作品が勤労者文学にひとつもでてこない、これは勤労者文学にとって一番打撃ですよ」と。編輯者は、ここに「ストライキをかけ」という見出しをつけているのである。 この前後のくだりは、民主主義文学の発展のために本質的・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・その手紙の終りには、父がその打撃に雄々しく耐えようとしているとおり、百合子も悲しみに耐えようとしているのは結構であるし、このことのために帰国しようとしないのももっともだと思うと、書かれていた。 私は可愛い一人の弟がそういう風に生れ合せた・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・さらにまた自分の愛する者が自分の死によって受ける烈しい打撃を思えば、彼らの生くる限り彼らにつきまとう重い悲哀を思えば、死んでも死に切れないようなイライラしさを感じるだろう。 しかし私は自分がもがき死にすることに堪えられるか。――とても、・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫