・・・すると一人は、それを打ち消すようにして、「人間だって同じじゃないか、毎日のように、若いもの、年寄りの区別なく死んで墓へゆくのに、自分だけは、いつまでも生きていると思って、欲深くしているのだ。」といいました。 子供は、これを聞いて、な・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・『イヤやはり泊らん方がよかろう』と私の言いますのを、打ち消すようにして武は、『実は今夜少しばかり話がありますから、それでお泊りなされというのだから、お泊りなされというたらお泊りなされ』と語気がやや暴ろうなって参りました。舌も少し廻り・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・るを何の気もなく瞻めいたるにまたもや大吉に認けられお前にはあなたのような方がいいのだよと彼を抑えこれを揚ぐる画策縦横大英雄も善知識も煎じ詰めれば女あっての後なりこれを聞いてアラ姉さんとお定まりのように打ち消す小春よりも俊雄はぽッと顔赧らめ男・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ とお三輪は打ち消すように言って、お富と顔を見合せた。過ぐる東京での震災の日には、打ち続く揺り返し、揺り返しで、その度に互いに眼の色を変えたことが、言わず語らずの間に二人の胸を通り過ぎた。お富は無心な子供の顔をみまもりながら、「お母・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・と章坊の手らしい幼い片仮名で、フジサンガマタナクと書いてある。「あら」と女の人は恥かしそうに笑ってその紙を剥がす。「章ちゃんがこんな悪戯をするんですわ。嘘ですのよ、みんな」と打消すようにいう。「何の事なんです、これは」「ほほ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・うそだろう、シーボルトという奴は、もとから、ほら吹きであった、などと分別臭い顔をして打ち消す学者もございましたが、どうも、そのニッポンの大サンショウウオの骨格が、欧羅巴で発見せられた化石とそっくりだという事が明白になってまいりましたので、知・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・も思われますが、しかしこれとても間違いだらけであるとしか思われませんし、きっと間違っていると思いますが父上はどうお考えでしょうか、なんだか間違っているようでございます、とやはり言いにくそうにその意見を打ち消すのであった。逸平は簡単に答える。・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・たとえばアルコホルの沿面燃焼などはほとんど完全な円形な前面をもって進行するが、こういう場合は自然的変異を打ち消すような好都合の機巧が別に存在参加しているという特別の場合であるとも考えられる。すなわち、前面が凸出する点の速度が減じ、凹入した点・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・私は親類や知人の誰彼が避暑先からよこした絵葉書などを見る度に、なんだか子供等にまだなんらかの負債をしているような心持を打消す事が出来なかった。 ある夕方一同が涼み台と縁側に集まっていろんな話をしている間に、去年みんなである夜銀座へ行って・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・低気圧による北西風が丁度この南東風を打消すようになる場合には海陸風だけが幅を利かせて、従って夕凪が顔を出す。しかし低気圧がもう一層近くなってそれが季節風を消却してなおおつりの出る場合には、夕風は夕風でもいつもとは反対の夕風が吹くのである。同・・・ 寺田寅彦 「夕凪と夕風」
出典:青空文庫