・・・不憫なりとは語りあえど、まじめに引取りて末永く育てんというものなく、時には庭先の掃除など命じ人らしく扱うものありしかど、永くは続かず。初めは童母を慕いて泣きぬ、人人物与えて慰めたり。童は母を思わずなりぬ、人人の慈悲は童をして母を忘れしめたる・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・この無理をどう扱うかということが生活のひとつの知恵である。 性の欲求、恋愛は人間の本性上、ことに男子にとっては、自由を欲するものであって、それはまた生活精力上、審美上、優生学上の機微とからまり、自然の不思議な意志が織りこまれているもので・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・しかし、うわ手な、罪人を扱うようなものゝ云い方は、変に彼を圧迫した。彼は、ポケットの街の女から貰った眼の大きい写真をかくすことも忘れて、呼ばれるままに事務室へ這入って行った。 陸軍病院で――彼は、そこに勤務していた――毎月一円ずつ強制的・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・しかし、彼は、なべて男が美しい女を好くように、上官が男前だけで従卒をきめ、何か玩弄物のように扱うのに反感を抱かずにはいられなかった。玩弄物になってたまるもんか!「豚だって、鶏だってさ、徴発にやられるのは俺達じゃないか、おとすんだって、料・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・釣船頭というものは魚釣の指南番か案内人のように思う方もあるかも知れませぬけれども、元来そういうものじゃないので、ただ魚釣をして遊ぶ人の相手になるまでで、つまり客を扱うものなんですから、長く船頭をしていた者なんぞというものはよく人を呑込み、そ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・しかし、既に人道というけなげな言葉が発せられている以上、私たちはそのおかみさんを商売人として扱うわけにはゆかなくなりました。 人道。 もちろん、おかみさんのその心意気を、ありがたく、うれしく思わぬわけではないのですが、しかしまた、胸・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・そのころの東京には、モナ・リザをはだかにしてみたり、政岡の亭主について考えてみたり、ジャンヌ・ダアクや一葉など、すべてを女体として扱う疲れ果てた好色が、一群の男たちの間に流行していた。そのような極北の情慾は、謂わばあの虚無ではないのか。しか・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 植物を扱う商売でありながら植物をかわいがらない植木屋もあると見える。これではまるで土方か牛殺しと同等であると言って少しばかり憤慨したのであった。 もっとも、自然を愛することを知らない自然科学者、人間をかわいがらない教育家も捜せばや・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・まあ子分のように人を扱うのだなあ。 又正岡はそれより前漢詩を遣っていた。それから一六風か何かの書体を書いていた。其頃僕も詩や漢文を遣っていたので、大に彼の一粲を博した。僕が彼に知られたのはこれが初めであった。或時僕が房州に行った時の紀行・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・この医者が大へんな変人で、患者をまるで玩具か人形のように扱う、愛嬌のない人です。それではやらないかといえば不思議なほどはやって、門前市をなす有様です。あんな無愛想な人があれだけはやるのはやはり技術があるからだと思いました。それだから建築家に・・・ 夏目漱石 「無題」
出典:青空文庫