・・・そのほか、越中守を見捨てて逃げた黒木閑斎は、扶持を召上げられた上、追放になった。 ――――――――――――――――――――――――― 修理の刃傷は、恐らく過失であろう。細川家の九曜の星と、板倉家の九曜の巴と衣類の・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ああ、二人はもとは家の家来の子で、おとうさんもおかあさんもたいへんよいかたであったが、友だちの讒言で扶持にはなれて、二、三年病気をすると二人とも死んでしまったのだ、それであとに残された二人の小児はあんな乞食になってだれもかまう人がないけれど・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ 町中が、杢若をそこへ入れて、役に立つ立たないは話の外で、寄合持で、ざっと扶持をしておくのであった。「杢さん、どこから仕入れて来たよ。」「縁の下か、廂合かな。」 その蜘蛛の巣を見て、通掛りのものが、苦笑いしながら、声を懸ける・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・長者でもないくせに、俵で扶持をしないからだと、言われればそれまでだけれど、何、私だって、もう十羽殖えたぐらいは、それだけ御馳走を増すつもりでいるのに。 何も、雀に託けて身代の伸びない愚痴を言うのではない。また……別に雀の数の多くなる事ば・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・こんなことがあろうと思わっしゃればこそ、旦那様が扶持い着けて、お前様の番をさして置かっしゃるだ。」 お通はいとも切なき声にて、「さ、さ、そのことは聞えたけれど……ああ、何といって頼みようもない。一層お前、わ、私の眼を潰しておくれ、そ・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・作得米を上げたら扶持とも小遣いともで二俵しかねいというに、酒を飲んだり博打まで仲間んなるだもの、嬶に無理はないだよ」「そらまアえいけど、それからどうしたのさ」「嬶がね。眼真暗で飛び込んでさ。こん生畜生め、暮れの飯米もねいのに、博打ぶ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・お稲荷様も御扶持放れで、油揚の臭一つかげねえもんだから、お屋敷へ迷込んだげす。訳ア御わせん。手前達でしめっちまいやしょう。」 鳶の清五郎は小屋の傍まで、私を脊負って行って呉れた。 今朝方、暁かけて、津々と降り積った雪の上を忍び寄り、・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 昔は水戸様から御扶持を頂いていた家柄だとかいう棟梁の忰に思込まれて、浮名を近所に唄われた風呂屋の女の何とやらいうのは、白浪物にでも出て来そうな旧時代の淫婦であった。江戸時代の遺風としてその当時の風呂屋には二階があって白粉を塗った女が入・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・戦争の時、死ぬ為に、平生から扶持を受けてる人達とは違ってよ。兄さん自分から好んで、』 強い咳払いを一つ、態と三つまで続けて、其女の方の言葉を紛らそうとしたのは、其兄上らしい三十近い兵士さんでした。それで、其兵士の顔には、他の人への羞しい・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・ 財産についての観念も、扶持もちの侍と喜助とでは全く別世界のものである。 鴎外は、歴史小説という意味では、「高瀬舟」の中に、このいずれの点をも追究していない。作者としての主観にいきなり立って、財産についての観念、ユウタナジイの問題に・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫