・・・何度目付衆が出て、制しても、すぐまた、海嘯のように、押し返して来る。そこへ、殿中の混雑もまた、益々甚しくなり出した。これは御目付土屋長太郎が、御徒目付、火の番などを召し連れて、番所番所から勝手まで、根気よく刃傷の相手を探して歩いたが、どうし・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 源信僧都の母は、僧都がまだ年若い修業中、経を宮中に講じ、賞与の布帛を賜ったので、その名誉を母に伝えて喜ばそうと、使に持たせて当麻の里の母の許に遣わしたところ、母はそのまま押し返して、厳しい、諫めの手紙を与えた。「山に登らせたまひし・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 複雑に複雑を極めた箇性の内面の力が、圏境や過去の経験に打たれ、押し返し、揉み合って一歩ずつ、一歩ずつ今日まで歩み進んで来たのが、今日のその人でありその人の生活であるのだ。箇人の内的運命と外的運命とが、どんなに微妙に、且つ力強く働き合っ・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・忠利は聴かなかった。押し返してねだるように願うと、忠利が立腹して、「小倅、勝手にうせおれ」と叫んだ。数馬はそのとき十六歳である。「あっ」と言いさま駈け出すのを見送って、忠利が「怪我をするなよ」と声をかけた。乙名島徳右衛門、草履取一人、槍持一・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・と安次は云って押し返した。 しかし、お留は無理に紙幣を握らせた。「薬飲んでるのか?」「いいや、此の頃はもう飲みとうない。」「叔母やん、秋がさっき来てな、安次を俺とこへ置いとけって云うのやが、俺とこは困るぜ。」と勘次はきり出した。・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫