大抵のイズムとか主義とかいうものは無数の事実を几帳面な男が束にして頭の抽出へ入れやすいように拵えてくれたものである。一纏めにきちりと片付いている代りには、出すのが臆劫になったり、解くのに手数がかかったりするので、いざという・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・ところが狭く深くなると前に云うた御医者のようにそれができなくなる。抽出法と云って、自分の熱心なところだけへ眼をつけて他の事は皆抽出して度外に置いてしまう。度外に置く訳である。他の事は頭から眼に這入って来ないのであります。そうなると本人のため・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 鎖鑰を下した先生の卓の抽出しの中で、二通の手紙が次第に黄ばんで行く。それを包んだ紙には「田舎」と題してある。 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 第一に博士の一九二〇年代に適するようにクリスト教旧神学中より抽出されました簡潔の神学はただこの語だけで見ますればこれいかにも適当であります。今日此処に集まりました人人はあながちクリスト教徒ばかりではありません、されどいずれの宗教に於て・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・と漠然規定して人間行為の社会関係を抽出してしまっていること等は、創作方法におけるリアリズムの理解にあたって、文学は文学そのものとして常に進歩的であるとするような非現実な見解と相合して、日本に流れ入った新しきヒューマニズムの文学的発展の根蔕を・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・感動の性質をよそにして作品から思想を抽出し、評価することは出来ない。このように考えられた作品の思想は、作品の骨組みである構成において示される。」 こういう部分は実に面白いと思う。そして本当のことが観察されている。作品の構成が、通俗的なス・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・だけを抽出して描写することで文学としての生命が与えられるものであるならば、題材は豊富であろうし、技術的な実際に即して「どういう風にするか」の説明にも窮することがないであろう。生産文学と呼ばれる作品が、何故今日、その隆盛のために却って一般の心・・・ 宮本百合子 「生産文学の問題」
・・・そして、戻るとき戸棚の抽出しから白紙を出して、一円包んで出て来ると安次に黙って握らせた。「あかんのや、あかんのや、もうそんなことして貰うたて。」と安次は云って押し返した。 しかし、お留は無理に紙幣を握らせた。「薬飲んでるのか?」・・・ 横光利一 「南北」
・・・ 家へ走り帰ると直ぐ吉は、鏡台の抽出から油紙に包んだ剃刀を取り出して人目につかない小屋の中でそれを研いだ。研ぎ終ると軒へ廻って、積み上げてある割木を眺めていた。それからまた庭に這入って、餅搗き用の杵を撫でてみた。が、またぶらぶら流し元ま・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・そこに現われたのは写実によって美を生かそうとする意図ではなく、美しい色と線との諧和のために、自然の内からある色と線とを抽出しようとする注意深い選択の努力である。現実の風景を描いた画すらも、画家の直接の印象が現われているという気はしない。画家・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫