・・・精細なる会計報告が済むと、今度は翌日の御菜について綿密な指揮を仰ぐのだから弱る」「見計らって調理えろと云えば好いじゃないか」「ところが当人見計らうだけに、御菜に関して明瞭なる観念がないのだから仕方がない」「それじゃ君が云い付ける・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ たとえば海陸軍においても、軍艦に乗りて海上に戦い、馬に跨て兵隊を指揮するは、真に軍人の事にして、身みずから軍法に明らかにして実地の経験ある者に非ざれば、この任に堪えず。されども海陸軍、必ずしも軍人のみをもって支配すべからず。軍律の裁判・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈しく振りました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいく・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・十七八人の男女の工場学校の生徒が六列に並んで、一人の生徒の指揮につれて手を動かし、足をあげ、時々、ホ! ホ! エハーッ! エハーッ!とかけ声をかけ、笑いながらやっている。広場の奥の大きい厩か納屋だったらしい建物があって・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・映画の手法、映画の持っている便利なテンポを全く無視する程腰を据えて沙漠とその沙漠をラクダに乗って横切って行く土民とイタリー人の指揮官の一隊を写している。監督の意図では沙漠というものの持つ広大な自然力と小さい人間との対照、並に小さい躯に盛られ・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・勘助は、緊張した声で指揮をした。「おれと、馬さんは現場へ行ぐ、すぐ消防の手配しろ」 冬にはつきものの北風がその夜も相当に吹いていた。なるほど、勇吉の家が、表側ぱっと異様に明るく、煙もにおう。気負って駆けつけ、「水だ、水だ、皆手を・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・古いボルシェビキで、国内戦のときは、一方の指揮者となって戦ったプロレタリア作家タラソフ・ロディオーノフが、本気な顔をしているのは当然だ。 次の研究会までに、各職場の文学委員が、各自何人の文学衝撃隊を組織出来るか報告することになって、作品・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ ついに市長は大いに困ってその筋に上申して指揮を仰ぐのほかなしと告げて席を立った。 この事件のうわさはたちまち広まった。老人が役所を出ずるや、人々はその周囲を取り囲んでおもしろ半分、嘲弄半分、まじめ半分で事の成り行きを尋ねた。しかし・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・表門は側者頭竹内数馬長政が指揮役をして、それに小頭添島九兵衛、同じく野村庄兵衛がしたがっている。数馬は千百五十石で鉄砲組三十挺の頭である。譜第の乙名島徳右衛門が供をする。添島、野村は当時百石のものである。裏門の指揮役は知行五百石の側者頭高見・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ ところでオペラの統一はオーケストラの指揮者が握っているが、人形芝居にはこのような指揮者がいない。しかも人形の使い手、語り手、弾き手は、直接に統一を作り出すのである。それは古くから言われているように「息を合わせる」のであって、悟性の判断・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫