・・・が、この不完全な設備と不満足な知識とを以て川に臨んでいる少年の振舞が遊びでなくてそもそも何であろう。と驚くと同時に、遊びではないといっても遊びにもなっておらぬような事をしていながら、遊びではないように高飛車に出た少年のその無智無思慮を自省せ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・岸から拾い集めた小石で茄子なぞを漬けることを楽みに思ったのは、お新や三吉や婆やを悦ばせたいばかりでなく、その好い色に漬かったやつを同じ医院の患者仲間に、鼻の悪い学校の先生にも、唖の娘を抱いた夫婦者にも振舞いたいからであった。彼女はパンを焼く・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・かえって私は、勝手気ままに振舞えるのである。その日、私は久しぶりで先生のお宅へお伺いして、大隅君の縁談を報告し、ついては一つ先生に媒妁の労をとっていただきたいという事を頗る無遠慮な口調でお願いした。先生は、そっぽを向いて、暫く黙って考えて居・・・ 太宰治 「佳日」
・・・私は、これから、あなたに対して、うんと自由に振舞います。美しい、唯一の先輩を得て、私の背丈も伸びました。 さて、それでは冒頭の言葉にかえりますが、私が、この三日間、すぐにはお礼も書けず、ただ溜息ばかりついていたというわけは、お手紙の底の・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・次会をひらくのに適当な家が無くて困りますよ、おい諸君、なに遠慮の要らない家なんだ、あがり給え、あがり給え、客間はこっちだ、外套は着たままでいいよ、寒くてかなわない、などと、まるでもうご自分のお家同様に振舞い、わめき、そのまたお友だちの中のひ・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・お念仏を称えるもの、お札を頂くものさえあったが、母上は出入のもの一同に、振舞酒の用意をするようにと、こまこま云付けて居られた。 私は時々縁側に出て見たが、崖下には人一人も居ないように寂として居て、それかと思う烟も見えず、近くの植込の間か・・・ 永井荷風 「狐」
・・・然るに已に完成しおわった江戸芸術によって、溢るるまでその内容の生命を豊富にされたかかる下町の女の立居振舞いには、敢て化粧の時の姿に限らない。春雨の格子戸に渋蛇の目開きかける様子といい、長火鉢の向うに長煙管取り上げる手付きといい、物思う夕まぐ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・少くとも国家を代表するかの如き顔をして万事を振舞うに足る位の権力家である。今政府の新設せんとする文芸院は、この点においてまさしく国家的機関である。従って文芸院の内容を構成する委員らは、普通文士の格を離れて、突然国家を代表すべき文芸家とならな・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・そしてそれ等の振舞が呪わるべきであることを語って、私は自分の善良なる性質を示して彼女に誇りたかった。 彼女はやがて小さな声で答えた。「私から何か種々の事が聞きたいの? 私は今話すのが苦しいんだけれど、もしあんたが外の事をしないのなら・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・我は清し、汝は濁る、我は高し、汝は卑しと言わぬ許りの顔色して、明らさまに之を辱しむるが如きは、唯空しく自身の品格を落すのみにして益なき振舞なれば、深く慎しむ可きことなり。或は交際の都合に由りて余儀なく此輩と同席することもあらんには、礼儀を乱・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫