・・・ 翁は、眦に皺をよせて笑った。捏ねていた土が、壺の形になったので、やっと気が楽になったと云う調子である。「神仏の御考えなどと申すものは、貴方がたくらいのお年では、中々わからないものでございますよ。」「それはわからなかろうさ。わか・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土を捏ねて造った人形のように、口を開いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・その腸を二升瓶に貯える、生葱を刻んで捏ね、七色唐辛子を掻交ぜ、掻交ぜ、片襷で練上げた、東海の鯤鯨をも吸寄すべき、恐るべき、どろどろの膏薬の、おはぐろ溝へ、黄袋の唾をしたような異味を、べろりべろり、と嘗めては、ちびりと飲む。塩辛いきれの熟柿の・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・私あ、だだを捏ねたんだ。 見ても、何でも分ったような、すべて承知をしているような、何でも出来るような、神通でもあるような、尼様だもの。どうにかしてくれないことはなかろうと思って、そのかわり、自分の思ってることは皆打あけて、いって、そうし・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・さ駄々を捏ねねえでこちらへござれ。ひどい蚊だがのう。お前様アくわねえか。」「ええ、蚊がくうどころのことじゃないわね。お前もあんまり因業だ、因業だ、因業だ。」「なにその、いわっしゃるほど因業でもねえ。この家をめざしてからに、何遍も探偵・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・で、また私は釣れた日でも釣れない日でも、帰る時にはきっと何時でも持って来た餌を土と一つに捏ね丸めて炭団のようにして、そして彼処を狙って二つも三つも抛り込んでは帰るのだよ。それは水の流れの上ゲ下ゲに連れて、その土が解け、餌が出る、それを魚が覚・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・「今から駄々を捏ねちゃ仕方がない。――壮快じゃないか。あのむくむく煙の出てくるところは」「そのむくむくが気味が悪るいんだ」「冗談云っちゃ、いけない。あの煙の傍へ行くんだよ。そうして、あの中を覗き込むんだよ」「考えると全く余計・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ある時大臣の夜会か何かの招待状を、ある手蔓で貰いまして、女房を連れて行ったらさぞ喜ぶだろうと思いのほか、細君はなかなか強硬な態度で、着物がこうだの、簪がこうだのと駄々を捏ねます。せっかくの事だから亭主も無理な工面をして一々奥さんの御意に召す・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・けれどもそれは全く、作者に未知な絶えざる驚異に値する世界自身の発展であって、けっして畸形に捏ねあげられた煤色のユートピアではない。三 これらはけっして偽でも仮空でも窃盗でもない。多少の再度の内省と分析とはあっても、たしかにこのと・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
出典:青空文庫