・・・「それがあの頃は、極正直な、人の好い人間で、捕虜の中にも、あんな柔順なやつは珍らしいくらいだったのだ。だから軍医官でも何でも、妙にあいつが可愛いかったと見えて、特別によく療治をしてやったらしい。あいつはまた身の上話をしても、なかなか面白・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・それから、パルチザンを、捕虜とすることを命じた。それから……。 汚れた百姓服や、頭巾は無抵抗に、武器を取り上げられたり、××××たり、――殺されたりなどされるがままになっている訳には行かなかった。木造の壁の代りに丸太を積重ねていた家の中・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・白軍の頭領のカルムイコフは、引渡された過激派の捕虜を虐殺して埋没した。森の中にはカルムイコフが捕虜を殺したあとを分らなくするために血に染った雪を靴で蹴散らしてあった。その附近には、大きいのや、小さいのや、いろいろな靴のあとが雪の上に無数に入・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・日本の国の隅から隅まで占領されて、あたしたちは、ひとり残らず捕虜なのに、それをまあ、恥かしいとも思わずに、田舎の人たちったら、馬鹿だわねえ、いままでどおりの生活がいつまでも続くとでも思っているのかしら、相変らず、よそのひとの悪口ばかり言いな・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ 一方ではまた捕虜になって餓死したとか、世の中が厭になって断食して死んだとか色々の説があるから本当のことは何だか分らない。しかし豆畑へはいるのがいやでわざわざ殺されたというのが本当だとすると、それは胃に悪いとか安眠を害するとかいうだけで・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・て左右へよけようとすると御両君のうちいずれへか衝突の尻をもって行かねばならん、もったいなくも一人は伯爵の若殿様で、一人は吾が恩師である、さような無礼な事は平民たる我々風情のすまじき事である、のみならず捕虜の分際として推参な所作と思わるべし、・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・これはその頃の習慣で、捕虜にはだれでも一応はこう聞いたものである。生きると答えると降参した意味で、死ぬと云うと屈服しないと云う事になる。自分は一言死ぬと答えた。大将は草の上に突いていた弓を向うへ抛げて、腰に釣るした棒のような剣をするりと抜き・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・彼らは銃剣で敵を突き刺し、その辮髪をつかんで樹に巻きつけ、高粱畠の薄暮の空に、捕虜になった支那人の幻想を野曝しにした。殺される支那人たちは、笛のような悲声をあげて、いつも北風の中で泣き叫んでいた。チャンチャン坊主は、無限の哀傷の表象だった。・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・小さな小さな猿の癖に、軍服などを着て、手帳まで出して、人間をさも捕虜か何かのように扱うのです。楢夫が申しました。「何だい。小猿。もっと語を丁寧にしないと僕は返事なんかしないぞ。」 小猿が顔をしかめて、どうも笑ったらしいのです。もう夕・・・ 宮沢賢治 「さるのこしかけ」
・・・その一方、戦犯被告と捕虜に対する残虐行為の裁判は続行されています。この面こそ強調されるべきです。 歴史はくりかえすものではありません。全く同一の現象が、同一の内容でくりかえされることは歴史上ないことです。まして、歴史は決してそのままのく・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
出典:青空文庫