・・・書中に云っている所から推すと、彼は老儒の学にも造詣のある、一かどの才子だったらしい。 破提宇子の流布本は、華頂山文庫の蔵本を、明治戊辰の頃、杞憂道人鵜飼徹定の序文と共に、出版したものである。が、そのほかにも異本がない訳ではない。現に予が・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ 椿岳の兄が伊藤の養子婿となったはどういう縁故であったか知らないが、伊藤の屋号をやはり伊勢屋といったので推すと、あるいは主家の伊勢長の一族であって、主人の肝煎で養子に行ったのかも知れない。 伊藤というはその頃京橋十人衆といわれた幕府・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・私の外曾祖父というのは戯作好きでも書物好きでも、勿論学者でも文雅風流の嗜みがあるわけでもないただの俗人であったが、以て馬琴の当時の人気を推すべきである。 このお庇に私は幼時から馬琴に親しんだ。六、七歳頃から『八犬伝』の挿絵を反覆して犬士・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 師となり、なぐさめとなり、志を同じうするものこそ、即ち自分の正しく良書と推すべきものです。こうした、著者が世界に幾人もないごとく、況んや良書のそう沢山ある筈はありません。 何はともあれ、人生の楽しみにして良書を得た時より、さらに深・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・以て全豹を推すべし。かの剣聖が武具の他の一切の道具をしりぞけし一すじの精進の心と似て非なること明白なり。なおまた、この男には当分武具は禁物なり。気違いに刃物の譬えもあるなり。何をするかわかったものに非ず。弱き犬はよく人を噛むものなり。十・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・私は、その意味で、華厳の滝を推す。「華厳」とは、よくつけた、と思った。いたずらに、烈しさ、強さを求めているのでは、無い。私は、東北の生れであるが、咫尺を弁ぜぬ吹雪の荒野を、まさか絶景とは言わぬ。人間に無関心な自然の精神、自然の宗教、そのよう・・・ 太宰治 「富士に就いて」
・・・ エイゼンシュテインがいかなる程度にわが国の俳諧を理解してこう言っているかはわかりかねるが、日本人の目から見ても最もすぐれたモンタージュ芸術の典型として推すべきものはいわゆる俳諧連句そのものである。 ヤニングスとディートリヒの「青い・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・こうした上昇流は決して一様に起こることは不可能で、類似の場合の実験の結果から推すと、蜂窩状あるいはむしろ腸詰め状対流渦の境界線に沿うて起こると考えられる。それで鳥はこの線上に沿うて滑翔していればきわめて楽に浮遊していられる。そうしてはなはだ・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・あるいは平々淡々のうちに人を引き着ける垢抜けのした著述を推すもいい。猛烈なものでも、沈静なものでも、形式の整ったものでも、放縦にしてまとまらぬうちに面白味のあるものでも、精緻を極めたものでも、一気に呵成したものでも、神秘的なものでも、写実的・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・この講堂にかくまでつめかけられた人数の景況から推すと堺と云う所はけっして吝な所ではない、偉い所に違いない。市中があれほどヒッソリしているにかかわらず、時間が来さえすればこれほど多数の聴衆がお集まりになるのは偉い、よほど講演趣味の発達した所だ・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫