・・・紙か羊皮か慥かには見えぬが色合の古び具合から推すと昨今の物ではない。風なきに紙の表てが動くのは紙が己れと動くのか、持つ手の動くのか。書付の始めには「幻影の盾の由来」とかいてある。すれたものか文字のあとが微かに残っているばかりである。「汝が祖・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ただ上人が在世の時自ら愚禿と称しこの二字に重きを置かれたという話から、余の知る所を以て推すと、愚禿の二字は能く上人の為人を表すと共に、真宗の教義を標榜し、兼て宗教その者の本質を示すものではなかろうか。人間には智者もあり、愚者もあり、徳者もあ・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・歌集にあるところをもってこれを推すに、福井辺の人、広く古学を修め、つとに勤王の志を抱く。松平春岳挙げて和歌の師とす、推奨最つとむ。しかれども赤貧洗うがごとく常に陋屋の中に住んで世と容れず。古書堆裏独破几に凭りて古を稽え道を楽む。詠歌のごとき・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・これは私たち日本の作家が外国人に、誰を推すか、と訊かれたときの心持を思い出してみればよくわかる。 ほんとうの文学作品であるとはいえないけれども、国内ではなにかの理由で存在している作家や作品というものは現実にある。現在日本のジャーナリズム・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・ そこまでは各選者とも一致した意見であったが、同時に、この作品を特にすぐれたものとして第一位に推すことは不適当であるという意見にも皆が賛成であった。そこに、この作の作者も読者も深く考えなければならない点があろうと思う。 作者は素直に・・・ 宮本百合子 「入選小説「毒」について」
・・・キュウネマンさんの詞から推すと、ドイツ人の中のあるものは日本人を分らず屋ばかりだとしていると見える。その位だからドイツで興行した時の見物と日本で興行した時の見物とを較べたら、日本ではドイツの場合より分からず屋が多かろうと云う推定は下されよう・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫