・・・仰向けになって鋼線のような脚を伸したり縮めたりして藻掻く様は命の薄れるもののように見えた。暫くするとしかしそれはまた器用に翅を使って起きかえった。そしてよろよろと草の葉裏に這いよった。そして十四、五分の後にはまた翅をはってうなりを立てながら・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・次第に馴れて来て、その手が犬の背中を一ぱいに摩って、また指尖で掻くように弄った。 レリヤは別荘の方に向いて、「お母あさんも皆も来て御覧。私今クサカを摩って居るのだから」といった。 子供たち大勢がわやわやいって走り寄った。クサカの方で・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・「不可ねえや、強いからベソをなんて、誰が強くってベソなんか掻くもんだ。」「じゃ、やっぱり弱虫じゃないか。」「だって姉さん、ベソも掻かざらに。夜一夜亡念の火が船について離れねえだもの。理右衛門なんざ、己がベソをなんていう口で、ああ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・御存じでもあろうが、あれは爪先で刺々を軽く圧えて、柄を手許へ引いて掻く。……不器用でも、これは書生の方がうまかった。令夫人は、駒下駄で圧えても転げるから、褄をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺り、歯を剥いて刎ねるから、憎・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ むくりと砂を吹く、飯蛸の乾びた天窓ほどなのを掻くと、砂を被って、ふらふらと足のようなものがついて取れる。頭をたたいて、「飯蛸より、これは、海月に似ている、山の海月だね。」「ほんになあ。」 じゃあま、あばあ、阿媽が、いま、(・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 中心へ近づくままに、掻く手の肱の上へ顕われた鼻の、黄色に青みを帯び、茸のくさりかかったような面を視た。水に拙いのであろう。喘ぐ――しかむ、泡を噴く。が、あるいは鳥に対する隠形の一術であろうも計られぬ。「ばか。」 投棄てるように・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ と毛むくじゃらの大胡座を掻く。 呆気に取られて立すくむと、「おお、これ、あんた、あんたも衣ものを脱ぎなさい。みな裸体じゃ。そうすればお客人の遠慮がのうなる。……ははははは、それが何より。さ、脱ぎなさい脱ぎなさい。」 串戯に・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・人目を避けて、蹲って、虱を捻るか、瘡を掻くか、弁当を使うとも、掃溜を探した干魚の骨を舐るに過ぎまい。乞食のように薄汚い。 紫玉は敗竄した芸人と、荒涼たる見世ものに対して、深い歎息を漏らした。且つあわれみ、且つ可忌しがったのである。 ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・今も言おう、この時言おう、口へ出そうと思っても、朝、目を覚せば俺より前に、台所でおかかを掻く音、夜寝る時は俺よりあとに、あかりの下で針仕事。心配そうに煙管を支いて、考えると見ればお菜の献立、味噌漉で豆腐を買う後姿を見るにつけ、位牌の前へお茶・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・一体行儀の好い男で、あぐらを掻くッてな事は殆んどなかった。いよいよ坐り草臥びれると能く立膝をした。あぐらをかくのは田舎者である、通人的でないと思っていたのだろう。 それが皮切で、それから三日目、四日目、時としては続いて毎日来た。来れば必・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
出典:青空文庫