・・・ 四 一時間の後店の二階には、谷村博士を中心に、賢造、慎太郎、お絹の夫の三人が浮かない顔を揃えていた。彼等はお律の診察が終ってから、その診察の結果を聞くために、博士をこの二階に招じたのだった。体格の逞しい谷村博・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・と、口を揃えて言上しました。 閻魔大王は眉をひそめて、暫く思案に暮れていましたが、やがて何か思いついたと見えて、「この男の父母は、畜生道に落ちている筈だから、早速ここへ引き立てて来い」と、一匹の鬼に言いつけました。 鬼は忽ち風に・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・両足を揃えて真直に立ったままどっちにも倒れないのを勝にして見たり、片足で立ちっこをして見たりして、三人は面白がって人魚のように跳ね廻りました。 その中にMが膝位の深さの所まで行って見ました。そうすると紆波が来る度ごとにMは脊延びをしなけ・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・てがったり、一人に小用をさせたりして、碌々熟睡する暇もなく愛の限りを尽したお前たちの母上が、四十一度という恐ろしい熱を出してどっと床についた時の驚きもさる事ではあるが、診察に来てくれた二人の医師が口を揃えて、結核の徴候があるといった時には、・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ とて清しい目をみはり、鉄瓶の下に両手を揃えて、真直に当りながら、「そんな事を言うもんじゃありません。外へといっては、それこそ田舎の芝居一つ、めったに見に出た事もないのに、はるばる一人旅で逢いに来たんじゃありませんか、酷いよ、謹さん・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 姫のその姿が、正面の格子に、銀色の染まるばかり、艶々と映った時、山鴉の嘴太が――二羽、小刻みに縁を走って、片足ずつ駒下駄を、嘴でコトンと壇の上に揃えたが、鴉がなった沓かも知れない、同時に真黒な羽が消えたのであるから。 足が浮いて、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・半数十頭を回向院の庭へ揃えた時はあたかも九時であった。負傷した人もできた。一回に恐れて逃げた人もできた。今一回は実に難事となった。某氏の激励至らざるなく、それでようやく欠員の補充もできた。二回目には自分は最後に廻った。ことごとく人々を先に出・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 奥底のないお増と意地曲りの嫂とは口を揃えてそう云ったに違いない。僕等二人はもとより心の底では嬉しいに相違ないけれど、この場合二人で山畑へゆくとなっては、人に顔を見られる様な気がして大いに極りが悪い。義理にも進んで行きたがる様な素振りは・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・はじめて家を持った時、などは、井筒屋のお貞(その時は、まだお貞の亭主の思いやりで、台どころ道具などを初め、所帯を持つに必要な物はほとんどすべて揃えてもらい、飯の炊き方まで手を取らないまでにして世話してもらったのであるが、月日の経つに従い、こ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・元治年中、水戸の天狗党がいよいよ旗上げしようとした時、八兵衛を後楽園に呼んで小判五万両の賦金を命ずると、小判五万両の才覚は難かしいが二分金なら三万両を御用立て申しましょうと答えて、即座に二分金の耳を揃えて三万両を出したそうだ。御一新の御東幸・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫