・・・いわゆる文壇の不振とは、文壇に提供せられたる作物の不振ではない。作物を買ってやる財嚢の不振である。文士からいえば米櫃の不振である。新設されべき文芸院が果してこの不振の救済を急務として適当の仕事を遣り出すならば、よし永久の必要はなしとした所で・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・二 これらは新しい、よりよい世界の構成材料を提供しようとはする。けれどもそれは全く、作者に未知な絶えざる驚異に値する世界自身の発展であって、けっして畸形に捏ねあげられた煤色のユートピアではない。三 これらはけっして偽でも仮空でも窃盗・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・然しながら更に詳しいことは動物心理学の沢山の実験がこれを提供致すだろうと思います。又実は動物は本能と衝動ばかりではないのであります。今朝のパンフレットで見ましても生物は一つの大きな連続であると申されました。人間の心もちがだんだん人間に近いも・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・各芸術部門の独自性、その創造力の土台の社会的・科学的な研究というものは、この巨大な可能性を包蔵している骨組みの細部として、もっと学ばれ、科学的に整理された現実的資料として提供されなければならないのではなかろうか。 これまでも、たとえばプ・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・子供が持てないとわかって、しかも互の愛着は深まさって、美しい人生を社会のために何か別の形で提供して行きたいと願う心で、離れがたい場合も起ろう。そのときその一組の男女の生活の健全なささえは、どこに見出されるだろう。人間としての理解と協力のよろ・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・前線での文学の夕べを組織し、即興芝居への台本を提供した。壁新聞を手伝った。 その演習後文学新聞に赤軍指導者の面白い批判が掲載された。 今度の経験によってもロカフの組織は、プロレタリア作家の階級的発展に必須な一分野であることが明らかに・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・さ程深くもなかった交が絶えてから、もう久しくなっているが、僕はあの人の飽くまで穏健な、目前に提供せられる受用を、程好く享受していると云う風の生活を、今でも羨ましく思っている。蔀君は下町の若旦那の中で、最も聡明な一人であったと云って好かろう。・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・しかしもし商人が資本をおろし財利を謀るように、お佐代さんが労苦と忍耐とを夫に提供して、まだ報酬を得ぬうちに亡くなったのだと言うなら、わたくしは不敏にしてそれに同意することが出来ない。 お佐代さんは必ずや未来に何物をか望んでいただろう。そ・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・能楽が今でも日本文化の一つの代表的な産物として世界に提供し得られるものであるとすれば、その内の少なからぬ部分の創作者である世阿弥は、世界的な作家として認められなくてはなるまい。のみならず世阿弥は、能楽に関する理論においても、実に優秀な数々の・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・先生の技能が提供するさまざまの興味ある問題は、たとえその興味が非常に深かろうとも、今直ちに私の心の中心へ来る事ができない。しかしそのために読者諸君の注意をこの方向へ向けて悪いというわけは少しもない。私は先生の死に際して諸君が先生の全著書を一・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫