・・・庖丁をとぐ音、煮物揚物の用意をする音はお三輪の周囲に起って、震災後らしい復興の気分がその料理場に漲り溢れた。 こうなると、何と言っても広瀬さんの天下だ。そこは新七と、広瀬さんと、お力夫婦の寄合世帯で、互いに力を持寄っての食堂で、誰が主人・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 私は奥で揚物をしているご亭主のところへ行き、「大谷が帰ってまいりました。会ってやって下さいまし。でも、連れの女のかたに、私のことは黙っていて下さいね。大谷が恥かしい思いをするといけませんから」「いよいよ、来ましたね」 ご亭・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ ナイフで大根の皮を剥いたり、揚物をしたり大きな前掛を背中まで掛けて碌に口も利かず女中の通りに立ち働いたのです。 眼の上をへこまして青く興奮して居る母の顔と四十度の熱で氷ずくめに成って居る児に刺戟されて、非常な精力家に成った彼女はじ・・・ 宮本百合子 「二月七日」
出典:青空文庫