・・・しかし僕の滞在費は――僕は未だに覚えている、日本の金に換算すると、丁度十二円五十銭だった。 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・彼は矢部の眼の前に自分の愚かしさを暴露するのを感じつつも、たどたどしく百二十七町を段に換算して、それに四段歩を加え始めた。しかし待ち遠しそうに二人からのぞき込まれているという意識は、彼の心の落ち着きを狂わせて、ややともすると簡単な九々すらが・・・ 有島武郎 「親子」
・・・この本能が環境の不調和によって伸びきらない時、すなわちこの本能の欲求が物質的換算法によって取り扱われようとする時、そこにいわゆる社会問題なるものが生じてくるのだ。「共産党宣言」は暗黙の中にこの気持ちを十分に表現しているように見える。マルクス・・・ 有島武郎 「想片」
・・・話は結局こういう生活をどう思うかというところに落着いたが、妓が金に換算される一種の労働だと思い諦めているのを知って、だしぬけに豹一の心は軽くなった。今まで根強く嫌悪していたものが、ここでは日常茶飯事として簡単に取引きされていたのだ。そういう・・・ 織田作之助 「雨」
・・・日常茶飯事の欠伸まじりに倦怠期の夫婦が行う行為と考えてみたり、娼家の一室で金銭に換算される一種の労働行為と考えてみたりしたが、なお割り切れぬものが残った。円い玉子も切りようで四角いとはいうものの、やはり切れ端が残るのである。欠伸をまじえても・・・ 織田作之助 「世相」
・・・―― その重さこそ常づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心からそんな馬鹿げたことを考えてみたり――なにがさて私は幸福だったのだ。 どこ・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・一枚の代価十三銭であるが、その一枚からわれわれが学べば学び得らるる有用な知識は到底金銭に換算することのできないほど貴重なものである。今かりにどれかの一枚を絶版にして、天下に撒布されたあらゆる標本を回収しそのただ一枚だけを残して他はことごとく・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・長さ五五・四デシメートルとあるのを換算するとまさに一丈八尺強、恐ろしく長いものである。ただ穴が三つしかないらしい。このププホルと『徒然草』のいわゆるボロボロとを並べて考えてみるとだれでもちょっと微笑を禁じ難いであろう。(胡弓 シナのフキ・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・ともかくもここには人間の好意が不思議な天秤にかけられて、まず金に換算され、次に切手に両替えされる、現代の文化が発明した最も巧妙な機関がすえられてある。この切手を試みに人に送ると、反響のように速やかに、反響のように弱められて返って来る。田舎か・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・社会のために行われている男女の勤労というものの価値が時間と金にだけ換算される時代がすぎて、もっと人間の社会生活の組織という点から高く評価されるようになれば、婦人の職業も、もっと人間的生活と統一したものとして改善されてゆくと信じます。〔一・・・ 宮本百合子 「生きるための協力者」
出典:青空文庫