・・・それでなくては、こう揺れる筈がない。僕は木下杢太郎君ではないから、何サンチメートルくらいな割合で、揺れるのかわからないが、揺れる事は、確かに揺れる。嘘だと思ったら、窓の外の水平線が、上ったり下ったりするのを、見るがいい。空が曇っているから、・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・から親不知の浜を、五智の如来へ詣ずるという、泳ぐのに半身を波の上に顕して、列を造って行くとか聞く、海豚の群が、毒気を吐掛けたような入道雲の低いのが、むくむくと推並んで、動くともなしに、見ていると、地が揺れるように、ぬッと動く。 見すぼら・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・その頭と、下から出かかった頭が二つ……妙に並んだ形が、早や横正面に舞台の松と、橋がかりの一二三の松が、人波をすかして、揺れるように近々と見えるので……ややその松の中へ、次の番組の茸が土を擡げたようで、余程おかしい。……いや、高砂の浦の想われ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・顔も真赤に一面の火になったが、遥かに小さく、ちらちらと、ただやっぱり物見の松の梢の処に、丁子頭が揺れるように見て、気が静ると、坊主も猿も影も無い。赤い旗も、花火が落ちる状になくなったんだ。 小児が転んで泣くようだ、他愛がないじゃないか。・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・沢井様でも誰も地震などと思った方はないのでして、ただ草を刈っておりました私の目にばかりお居間の揺れるのが見えたのでございます。大方神様がお寄んなすった験なんでございましょうよ。案の定、お前さん、ちょうど祈祷の最中、思い合してみますれば、瓦が・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・むらむらと沈んだ、燻った、その癖、師走空に澄透って、蒼白い陰気な灯の前を、ちらりちらりと冷たい魂がさまよう姿で、耄碌頭布の皺から、押立てた古服の襟許から、汚れた襟巻の襞ひだの中から、朦朧と顕れて、揺れる火影に入乱れる処を、ブンブンと唸って来・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・それが危なかしく、水で揺れるように月影に見えました時、ジイと、私の持ちました提灯の蝋燭が煮えまして、ぼんやり灯を引きます。(暗くなると、巴が一つになって、人魂の黒いのが歩行お艶様の言葉に――私、はッとして覗きますと、不注意にも、何にも、お綺・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ ギイギイと鎖の軋る音してさながら大濤の揺れるように揺れているその上を、彼女は自在に、ツツツ、ツツツとすり足して、腰と両手に調子を取りながら、何のあぶな気もなく微笑しながら乗り廻している。実際驚異すべき鮮かさである。私にはたんにそれが女学校・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・ 宗保が、揺れる薪の上からおりて来ると、三人は、スパイが居眠りをしているのとは反対の北側へ集った。そして、家のようなうず高い薪の堆積にぐいと力を入れた。薪は、なだれのように、居眠りをしている×××の頭上を××××、××した。ぐしゃッと人・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・その朝は風が吹いて、榎木の枝が揺れるような日でした。二人の兄弟が急いで木の下へ行きますと、橿鳥が高い枝の上からそれを見て居まして、「丁度好い。丁度好い。」と鳴きました。 榎木の下には、紅い小さな球のような実が、そこにも、ここにも、一・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
出典:青空文庫