・・・風が来ると噴水が乱れ、白樺が細かくそよぎ竹煮草が大きく揺れる。ともかくもここのながめは立体的である。 毎日少しずつ山を歩いていると足がだんだん軽くなる。はじめは両足を重い荷物のようにひきずり歩いていたのが、おしまいには、両足が立派な独立・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・しかし本館のほうにいた水上理学士は障子にあたって揺れる気波を感知したそうである。また自分たちの家の裏の丘上の別荘にいた人は爆音を聞き、そのあとで岩のくずれ落ちるような物すごい物音がしばらく持続して鳴り響くのを聞いたそうである。あいにく山が雲・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・その瞬間に子供の時から何度となく母上に聞かされていた土佐の安政地震の話がありあり想い出され、丁度船に乗ったように、ゆたりゆたり揺れるという形容が適切である事を感じた。仰向いて会場の建築の揺れ工合を注意して見ると四、五秒ほどと思われる長い週期・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・月夜の海は次第に波が高くなって、船は三十度近くも揺れるので、人々はもうたいてい室の毛布にくるまって、あす着くナポリの事でも考えているだろうに。…… 八 ナポリとポンペイ五月二日 朝甲板へ出て見ると、もうカプリ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ ついでながら、揺れる電車やバスの中で立っているときの心得は、ひざの関節も足首の関節も柔らかく自由にして、そうして心もちかかとを浮かせて足の裏の前半に体重をもたせるという姿勢をとるのだそうである。大地震の時に倒れないように歩くのも同じ要・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・大波の時には、二三十尋の底でもひどく揺れるが、少しの波ならば、潜航艇にでも乗って、それくらい沈めば、もう動揺は感じなくなります。 波が浜へ打ち上げてから次の波が来るまでの時間は時によっていろいろですが、私が相州の海岸で計ったのでは、波の・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・と女が蚊遣筒を引き寄せて蓋をとると、赤い絹糸で括りつけた蚊遣灰が燻りながらふらふらと揺れる。東隣で琴と尺八を合せる音が紫陽花の茂みを洩れて手にとるように聞え出す。すかして見ると明け放ちたる座敷の灯さえちらちら見える。「どうかな」と一人が云う・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・第一空気が臭い、汽車が揺れる、ただでも吐きそうだ。まことに不愉快極まる。停車場を四ばかりこすと「バンク」だ。ここで汽車を乗りかえて一の穴からまた他の穴へ移るのである。まるでもぐら持ちだね。穴の中を一町ばかり行くといわゆる two pence・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・その足の先にあった、木魚頭がグラッと揺れると、そこに一人分だけの棒を引き抜いた後のような穴が出来た。「同志! 突破しろ……」 少年が鋭く叫んだ。と同時に彼の足は小荷物台から攫われて、尻や背中でゴツンゴツンと調子をとりながら、コンクリ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・毎夜十一時すこし過ぎてから通るのが随分重いとみえて、いつもなかなかひどく揺れる。それから夜中の二時頃通るのも。 机に向って夜更けの電燈の下で例のとおり小さな家をきしませながら遠ざかって行く夜なかの貨車の響きをきくともなく聴いていたら、す・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
出典:青空文庫