・・・厳粛性の弱くなったきらいがなく意志の自律性を強靭に固守する点で形式的主観的でありながら、人間行為の客観的妥当性を強調して、主観的制約を脱せしめようと努め、また学的には充分な生の芸術的感覚の背景が行間に揺曳して、油気のない道学者の感がないから・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・実在の人間に不可能で、しかも人間の可能性の延長であり人間の欲望の夢の中に揺曳するような影像を如実に写し出すというのも一つの芸術ではあるが、そうした漫画は精神的にはわれわれに何物をも与えず、ただ生理的にむしろ廃頽的な効果を与えるのみではないか・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・という言葉が耳にはいってこの花の視像をそれと認識すると同時に、一抹の紫色がかった雰囲気がこの盛り花の灰色の団塊の中に揺曳するような気がした。驚いて目をみはってよく見直してもやっぱりこの紫色のかげろいは消失しない。どうしても客観的な色彩としか・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・としての微分方程式の本質とその役目とをこういうふうに考えてみた後に、翻って文学の世界に眼を転じて、何かしらこれに似たものはないかと考えてみると、そこにいろいろな漠然とした類推の幻影のようなものが眼前に揺曳するように感ぜられるのである。 ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・が生物のように緩やかに揺曳していると思うと真中の処が慈姑の芽のような形に持上がってやがてきりきりと竜巻のように巻き上がる。この現象の面白さは何遍繰返しても飽きないものである。 物理学の実験に煙草の煙を使ったことはしばしばあった。ことに空・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・というのだそうであるが、聞いていてもなかなかそうは聞きとれないほどにゆっくり音を引延ばして揺曳させて唱う。そしてその声が実際幽咽するとでもいうのか、どこか奥深い御殿のずっと奥の方から遥かに響いて来るような籠った声である。これは歌う人が口をあ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 二 あらゆる花の中でも花の固有の色が単純で遠くから見てもその一色しか見えない花と、色の複雑な隈取りがあって、少し離れて見ると何色ともはっきり分らないで色彩の揺曳とでも云ったようなものを感じる花とがある。朱色・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・という呪文を唱えて頭上に揺曳する蚊柱を呼びおろしたものである。「おらのおとと」はなんのことかわからないが、この「む――ん」という声がたぶん蚊の羽根にでも共鳴して、それが、蚊にとってはすておき難い挑戦あるいは誘惑としての刺激を与えるせいであろ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・か思い出せないが、ただ近来何かしら日本全国土の安寧を脅かす黒雲のようなものが遠い水平線の向こう側からこっそりのぞいているらしいという、言わば取り止めのない悪夢のような不安の陰影が国民全体の意識の底層に揺曳していることは事実である。そうして、・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・とにかく、この山男の身辺にはなんとなく一種神秘の雰囲気が揺曳しているように思われて、当時の悪太郎どもも容易には接近し得なかったようである。自分もこの老いさらぼえた山人に何とはなしに畏怖の念をいだいていたが、しかしその「山オコゼ」というのがど・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
出典:青空文庫