・・・――若し、我軍の損傷は? ときかれましたら、三人の軽傷があったばかりであります。その中、一人は、非常に勇敢に闘った優秀な将校でありました。と云います。」「うむ、そうだ、よろしッ!」その時の、自分の声が、朗らかにすき通って、いい響きを持っ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・熊本君は、ちゃんと私たちと向い合って坐っていて、いましがた死力を尽して奪い返したデリケエトのナイフが、損傷していないかどうか、たんねんに調べ、無事である事を見とどけてから、ハンケチに包んで右の袂の中にしまい込み、やっと、ほっとしたような顔に・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 今日二十五歳前後の女性たちと云えば、十四年に亙る戦争の損傷を、最も深く蒙っている人々である。彼女たちは、自分の豊かなるべき青春と、若々しく闊達なるべき人間性が、あらゆる面でどんなに痛めつけられ、無視され、破壊されて来たかということを、・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・今日、聰明で、誠実な若い世代は、自身の世代が蒙った損傷をとりかえそうとして苦闘しているのである。 その努力の一つの表現として、自分たちの新聞一枚も出そうとしている人々に対して、守るべき信義というものは厳然と立っている。それは歴史を偽らぬ・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・人生と文学との脈うちは、事象の連鎖にだけあるのではなくて、その事象が人間にもたらすもの、更にそれを、損傷や痛恨をさえ人間の真実の豊富さへの糧として人生へおくりものする、そのつながりの切実さにあると思われる。報告文学が、きびしい時間の篩を忍ば・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・未亡人たちの身の上に集注してあらわれている被害、社会的矛盾、困難こそは、全くすべての働く女性、主婦、学生の日常の基本に一貫した受難であり、未来において絶対に克服されなければならない人間的な損傷と社会的矛盾である。その意味で、民主国では、この・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・ 文学の世界では、戦争中にうけた損傷のひどさが大規模にあらわれていて、誰の目にも被いがたく見えている。民主日本となろうとする暁方の鳥の声のような作品はまだ出ない。そんなにすべての若い才能の芽がつみとられ、剛健な中年の成熟が歪められ、・・・ 宮本百合子 「俳優生活について」
・・・そのように比較的少い損傷でヨーロッパと東洋のファシズムとたたかい、それをうち倒したアメリカが、こんにちもっている諸問題の複雑さと大さとはどうだろう。国内的に国外的に決して解決に容易だといえない問題を両手いっぱい、膝の上にまでもっている。・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・は、この意味でディフォームされた素材を、それをこそわが文学の世界として渉猟しているのであるが、甚だ興味あることは、彼自身時代のディフォーメイションを内在物としてもちつつ社会関係の中では、そのことからの損傷の被害者の立場にありその流血的な日夜・・・ 宮本百合子 「文学のディフォーメイションに就て」
・・・ 女の作品 三篇に現われた異なる思想性 中本たか子氏は数年来、非常な困難を経て、肉体にも精神にも深い損傷を蒙った。それにもかかわらず、まだ健康も十分恢復していないのに、出獄してからもういく・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫