・・・――この実を入れて搗きますのです、あの、餅よりこれを、お土産に。」と、めりんすの帯の合せ目から、ことりと拾って、白い掌で、こなたに渡した。 小さな鶏卵の、軽く角を取って扁めて、薄漆を掛けたような、艶やかな堅い実である。 すかすと、き・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・満蔵は米搗き、兄は俵あみ、省作とおはまは繩ない、姉は母を相手にぼろ繕いらしい。稲刈りから見れば休んでるようなものだ。向こうの政公も藁をかついでやって来た。「どうか一人仲間入りさしてください。おや、おはまさんも繩ない……こりゃありがたい。・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・石コロもあれば、搗き立ての餅もあります」日頃の主人に似合わぬ冗談口だった。 その時、トンビを着て茶色のソフトを被った眼の縁の黝い四十前後の男が、キョロキョロとはいって来ると、のそっと私の傍へ寄り、「旦那、面白い遊びは如何です。なかな・・・ 織田作之助 「世相」
・・・買って来たのは玄米らしく、精米所へ搗きに出しているのが目につく。ある一人の女が婉曲に、自分もその村へ買い出しに行こうと思うが売って呉れるだろうかとS女にたずねてみた。農家は米は持っているのだが、今年の稲が穂に出て確かにとれる見込みがつくまで・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・とついず罪をもつ人もひそみておりしとううつしみのことはなべてかなしきこの寺も火に燃えはてしときありき山の木立ちの燃えのまにまにおのずから年ふりてある山寺は昼をかわほりくろく飛ぶみゆいま搗きしもちいを見むと煤たりしいろりのふち・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・その代りに自分は自分で米を搗き自分で着物を織ると同程度の或る専門的の事を人に向ってしつつあるという訳になる。私はいまだかつて衣物を織ったこともなければ、靴足袋を縫ったこともないけれども、自ら縫わぬ靴足袋、あるいは自ら織らぬ衣物の代りに、新聞・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・タネリがうちに着いたとき、タネリのお母さんが、小屋の前で、こならの実を搗きながら云いました。「うんにゃ。」タネリは、首をちぢめて答えました。「藤蔓みんな噛じって来たか。」「うんにゃ、どこかへ無くしてしまったよ。」タネリがぼんやり・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
出典:青空文庫