・・・が、殆丸太のような桜のステッキをついていた所を見ると、いくら神経衰弱でも、犬位は撲殺する余勇があったのに違いない。が、最近君に会った時、君は神経衰弱も癒ったとか云って、甚元気らしい顔をしていた。健康も恢復したのには違いないが、その間に君の名・・・ 芥川竜之介 「近藤浩一路氏」
・・・故に佐藤はその詩情を満足せしむる限り、乃木大将を崇拝する事を辞せざると同時に、大石内蔵助を撲殺するも顧る所にあらず。佐藤の一身、詩仏と詩魔とを併せ蔵すと云うも可なり。 四、佐藤の詩情は最も世に云う世紀末の詩情に近きが如し。繊婉にしてよく・・・ 芥川竜之介 「佐藤春夫氏の事」
・・・市長は今後名古屋市に限り、野犬撲殺を禁ずると云っている。 読売新聞。小田原町城内公園に連日の人気を集めていた宮城巡回動物園のシベリヤ産大狼は二十五日午後二時ごろ、突然巌乗な檻を破り、木戸番二名を負傷させた後、箱根方面へ逸走した。小田原署・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・その手段として、警察では、ほろのついた、大きな野犬運ぱん用のはこ車をつくり、それを馬にひかせて、飼主のわからない犬を見つけると、片はしからつかまえてつんでいき、きまった撲殺場へもってって殺しました。 ほろ馬車のはこは、鉄のこうしがはまっ・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・鴉が下りて来て牛の脊中の赤い紙を牛肉と思ってつつくと、牛は蠅でも追う気でぴしゃりと尻尾ではたく、すると摺粉木の一撃で鴉が脆くも撲殺されるというのである。 これらの話は、柳家小さんの落語のごとく、クライスラーのクロイツェルソナタのごとく実・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・先生のお帰りまでに、きっと撲殺してお目にかけます。」 田崎は例の如く肩を怒らして力味返った。此の人は其後陸軍士官となり日清戦争の時、血気の戦死を遂げた位であったから、殺戮には天性の興味を持って居たのであろう。日頃田崎と仲のよくない御飯焚・・・ 永井荷風 「狐」
・・・そうして赤犬を撲殺した其棍棒は折れた。悪戯の犠牲になった怪我人は絶息したまま仲間の為めに其の家へ運ばれた。太十は其夜も眠らなかった。彼は疲労した。七 怪我人は蘇生した。続いて脳震盪を起した。其家族は太十を告訴すると息巻いた。・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・だからこの二つの主義はいつでも矛盾して、いつでも撲殺し合うなどというような厄介なものでは万々ないと私は信じているのです。この点についても、もっと詳しく申し上げたいのですけれども時間がないからこのくらいにして切り上げておきます。ただもう一つご・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ それは家畜撲殺同意調印法といい、誰でも、家畜を殺そうというものは、その家畜から死亡承諾書を受け取ること、又その承諾証書には家畜の調印を要すると、こう云う布告だったのだ。 さあそこでその頃は、牛でも馬でも、もうみんな、殺される前の日・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・人権尊重ということは、正当な思想を抑圧して小林多喜二のような卓抜な一個の社会人・作家を撲殺するようなことが決して在ってはならないという通念を意味する。同時に、それを主体的に云えば、一個の社会人・芸術家は、自分の理性がさし示す歴史の前進の方向・・・ 宮本百合子 「今日の生命」
出典:青空文庫