・・・である――彼はそこで、放肆を諫めたり、奢侈を諫めたりするのと同じように、敢然として、修理の神経衰弱を諫めようとした。 だから、林右衛門は、爾来、機会さえあれば修理に苦諫を進めた。が、修理の逆上は、少しも鎮まるけはいがない。寧ろ、諫めれば・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ これは全くの素人考えの空想であるが、しかし現代の生化学の進歩の趨勢には、あるいはこんな放恣な空想に対する誘惑を刺激するものがないでもないように思われるのである。 これとは話が変わるが、若い人にはとにかくとしても、もはや人生の下り坂・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・そうして自由に放恣な太古のままの秋草の荒野の代わりに、一々土地台帳の区画に縛られた水稲、黍、甘藷、桑などの田畑が、単調で眠たい田園行進曲のメロディーを奏しながら、客車の窓前を走って行くのである。何々イズムと名のついたおおかたの単調な思想のメ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・そういう意味における統制的要素としての定座が勤めるいろいろの役割のうちで特に注目すべき点は、やはり前述のごとき個性の放恣なる狂奔を制御するために個性を超越した外界から投げかける縛繩のようなものであるかと思われる。個性だけでは知らず知らずの間・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・糧に乏しい村のこどもらが、都会文明と放恣な階級とに対するやむにやまれない反感です。 5 水仙月の四日赤い毛布を被ぎ、「カリメラ」の銅鍋や青い焔を考えながら雪の高原を歩いていたこどもと、「雪婆ンゴ」や雪狼、雪童子とのものがたり・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・彼は、人間性の課題としての性の解放を、上流の男女の冷淡で偽善的な情事や打算のある放恣と、はっきり区別しないではいられなかった。この人生において、単純率直に求めるものを求めて行動し、そこに精神と肉体との分裂をもたない人物。そういう男性をローレ・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・今日封建性に反対するという名目で私たちの間に性的な放恣がないであろうか。インフレーションはたれの経済生活をもうちこわしている。インフレーションに名をかりて、金の上でのルーズさが案外見のがされているところがあるのではないだろうか。勤労階級の解・・・ 宮本百合子 「共産党とモラル」
・・・最も狂暴なタイラントや最も放恣な遊蕩児のしそうなことまでも。もちろん私は気づくとともにそれを恥じ自分を責めます。しかし一度心に起こった事はいかに恥じようとも全然消え去るという事がありません。時には私は自分の心が穢ないものでいっぱいになってい・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫