・・・ その日、丁度宿直に当っていた私は、放課後間もなく、はげしい胃痙攣に悩まされたので、早速校医の忠告通り、車で宅へ帰る事に致しました。所が午頃からふり出した雨に風が加わって、宅の近くへ参りました時には、たたきつけるような吹き降りでございま・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・それへ出席する義務のあった彼はこの町に住んでいない関係上、厭でも放課後六時半まではこんなところにいるより仕かたはなかった。確か土岐哀果氏の歌に、――間違ったならば御免なさい。――「遠く来てこの糞のよなビフテキをかじらねばならず妻よ妻よ恋し」・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・プロフェッサアという小説は、さる田舎の女学校の出来事を叙したものであって、放課後、余人ひとりいないガランとした校舎、たそがれ、薄暗い音楽教室で、男の教師と、それから主人公のかなしく美しい女のひとと、ふたりきりひそひそ世の中の話を語っているの・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・ 放課後は、お寺の娘さんのキン子さんと、こっそり、ハリウッドへ行って、髪をやってもらう。できあがったのを見ると、頼んだようにできていないので、がっかりだ。どう見たって、私は、ちっとも可愛くない。あさましい気がした。したたかに、しょげちゃ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ 第一場舞台は、村の国民学校の一教室。放課後、午後四時頃。正面は教壇、その前方に生徒の机、椅子二、三十。下手のガラス戸から、斜陽がさし込んでいる。上手も、ガラス戸。それから、出入口。その外・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・かれの宿直をした室、いっしょに教鞭を取った人たち、校長、それからオルガンの前にもつれて行ってもらった。放課後で、校庭は静かに、やはり同じようにして、教師や生徒がボールなどをなげていた。 弥勒の村は、今では変わってにぎやかになったけれども・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ただ昔のままをとどめてなつかしいのは放課後の庭に遊んでいる子供らの勇ましさと、柵の根もとにかれがれに咲いた昼顔の花である。 二 月見草 高等学校の寄宿舎にはいった夏の末の事である。明けやすいというのは寄宿・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」 そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。 ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・方には、東京の巣鴨にある十文字こと子女史が経営している十文字高等女学校では、十文字女史の息子が経営している金属工場の防毒マスクの口金仕上げのために、昨今は自分の女学校の四年と五年の生徒の中の希望者を、放課後二時間ずつ働かせているという事実が・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 私は少しほか人の居ない静かな放課後の校庭の隅に有る丸太落しの上に腰をかけて膝の上に両手を立ててその上に頬をのせて、黄色になって落ちた藤の葉や桜の葉を見つめて居た。 その時私は菊の大模様のついた渋い好いメリンスの袷を着て居たと覚えて・・・ 宮本百合子 「M子」
出典:青空文庫