・・・例えば「敏感な」と云う言葉の一面は畢竟「臆病な」と云うことに過ぎない。 或物質主義者の信条「わたしは神を信じていない。しかし神経を信じている。」 阿呆 阿呆はいつも彼以外の人人を悉く阿呆と考えている。・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ふとある疎藪の所で彼れは野獣の敏感さを以て物のけはいを嗅ぎ知った。彼れははたと立停ってその奥をすかして見た。しんとした夜の静かさの中で悪謔うような淫らな女の潜み笑いが聞こえた。邪魔の入ったのを気取って女はそこに隠れていたのだ。嗅ぎ慣れた女の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・言い換えれば人間愛に対してどれ程までに其の作家が誠実であり、美に対してどれ程までに敏感であり、正義に対してどれ程までに勇敢に戦うかということにある。 事件の異常なる場合に際して、私達のそれに出遇った時の感情や、意志がまた著しく働くという・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・最も敏感である詩人に、この気持が分らない筈がない。また、詩に現われない筈がない。 前にも云ったように、幾度快よいリズムをくりかえしても、如何に柔かな感じや、快よい気分をそゝろうとしても、既に覚醒きっている心の人には、何らの新しいものとな・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・私は子供の時分から、敏感にそのことを感じました。そして、いつも苛められる弱い生徒が、体を固くして、隅のところに縮んで、警戒する身構えを忘れることができません。それと関聯して、校庭にあった、あの一本の苛められた大杉の木が、傷ましい姿で、よく生・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・ 青年時代は、最も、真理を検別するに、敏感であるばかりでなく、また真理の前に正直であるからである。今日、真面目なる学生等が、社会科学の研究に趣くのを不思議としないであろう。 一八五〇年代のロシアの学生が、「民衆の中に」行った気持には・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
秋という字の下に心をつけて、愁と読ませるのは、誰がそうしたのか、いみじくも考えたと思う。まことにもの想う人は、季節の移りかわりを敏感に感ずるなかにも、わけていわゆる秋のけはいの立ちそめるのを、ひと一倍しみじみと感ずることであろう。・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・豹一の眼が絶えず敏感に動いていることや、理由もなくぱッと赧くなることから押して、いくら傲慢を装っても、もともと内気な少年なんだと見抜いていたのだ。文学趣味のある彼女は豹一の真赤に染められた頬を見て、この少年は私の反撥心を憎悪に進む一歩手前で・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ と、さすがに声の商売だけに、敏感だった。「あッ、そうや。慰問で聴いた歌や」 そう判った途端、赤井は何思ったかミネ子の手をひっぱって、大阪の放送局のある馬場町の方へかけ出して行った。 丁度その頃、白崎もその放送を聴いていた。・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ というそんな微妙な事情を、寿子はさすがに継子の本能で、敏感に嗅ぎつけていたから、自分の眠れないことよりも、まず自分のヴァイオリンが母親の眠りを邪魔をしていることの辛さが先立つのだった。 だから、早いこと巧く弾いて、父親から「出来た・・・ 織田作之助 「道なき道」
出典:青空文庫