・・・だからよしんばあの婆の爪の下から、お敏を救い出す名案があってもだね、おまけにその名案が今日明日中に思いついたにしてもだ。明日の晩お敏に逢えなけりゃ、すべての計画が画餅になる訣だろう。そう思ったら、僕はもう、神にも仏にも見放されたような心もち・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ただわけもなくがむしゃらに歩いて行くのが、その子供を救い出すただ一つの手だてであるかのような気持ちがして、彼は息せき切って歩きに歩いた。そして無性に癇癪を起こし続けた。「馬鹿野郎! 卑怯者! それは手前のことだ。手前が男なら、今から取っ・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・からだは小さいが、朋友を一人谷底から救い出すぐらいの事は出来るつもりだ」「じゃ上がるよ。そらっ……」「そらっ……もう少しだ」 豆で一面に腫れ上がった両足を、うんと薄の根に踏ん張った碌さんは、素肌を二百十日の雨に曝したまま、海老の・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・民主的な評論活動の任務は、そのどちらの困難も具体的にとりあげて、民主的方向の独自性に立ちながら、現代文学の全般に見られる社会認識、あるいは社会観と文学の方法との分裂から、作家を救い出すことにある。現代史のふたまたにかかってひき裂かれるにまか・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・少年は寺へ侵入して偶像は偶像であるということを明かにして娘を救い出す。ある場面では日本の壇の浦の遠見の敦盛みたいに、オートバイが舞台の前から出て、遠くまで行ってむこうの高い橋を小さくなって走ってくるところを見せる。そこは操り人形になって来る・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・情知で金持で、相愛する二人を困厄の中から救い出す。大抵津藤さんは人の対話の内に潜んでいて形を現さない。それがめずらしく形を現したのは、梅暦の千藤である。千葉の藤兵衛である。 当時小倉袴仲間の通人がわたくしに教えて云った。「あれは摂津国屋・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫