・・・書くのがつらくて、ヤケ酒に救いを求める。ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、いまいましさで飲む酒の事である。いつでも、自分の思っていることをハッキリ主張できるひとは、ヤケ酒なんか飲まない。 私は議論をして・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・事実は知らず、転向という文字には、救いも光明も意味されている筈である。そんなら、かれの場合、これは転向という言葉さえ許されない。廃残である。破産である。光栄の十字架ではなく、灰色の黙殺を受けたのである。ざまのよいものではなかった。幕切れの大・・・ 太宰治 「花燭」
・・・なるほど、もしも人形の顔なりからだなりが、あまりに平凡な写実的のものであったとしたら、おそらく人形の劇的表情は半分以上消えてしまうであろうのみならず、不自然、非写実的な環境の中に孤立した写実は全く救い難い破綻を見せるであろう。 女形が女・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・手創負いて斃れんとする父とたよりなき吾とを、敵の中より救いたるルーファスの一家に事ありと云う日に、膝を組んで動かぬのはウィリアムの猶好まぬところである。封建の代のならい、主と呼び従と名乗る身の危きに赴かで、人に卑怯と嘲けらるるは彼の尤も好ま・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・我々はかかる場合において、深く己の無力なるを知り、己を棄てて絶大の力に帰依する時、後悔の念は転じて懺悔の念となり、心は重荷を卸した如く、自ら救い、また死者に詫びることができる。『歎異抄』に「念仏はまことに浄土に生るゝ種にてやはんべるらん、ま・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・左れば此旧女大学の評論、新女大学の新論は、字々皆日本婦人の為めにするものにして、之を百千年来の蟄状鬱憂に救い、彼等をして自尊自重以て社会の平等線に立たしめんとするの微意にして、啻に女性の利益のみに非ず、共に男子の身を利し家を利し子孫を利し、・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・そのいわれより疾翔と申さるる、大力というは、お徳によって、たとえ火の中水の中、ただこの菩薩を念ずるものは、捨身大菩薩、必らず飛び込んで、お救いになり、その浄明の天上にお連れなさる、その時火に入って身の毛一つも傷かず、水に潜って、羽、塵ほども・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・それにしても、ゴーリキイは、本を読むということが、自分の生きている苦しさや悩みを救い、またその苦しさや悩みについて、ほかのどっさりの人はどう感じ、考え、そこから抜け出そうともがいているかということについて知り、慰めと希望とよろこびを見出した・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・「神よ、彼女を救い給え。神よ、彼女を救い給え。」 彼は一握の桜草を引きむしって頬の涙を拭きとった。海は月出の前で秘めやかに白んでいた。夜鴉が奇怪なカーブを描きながら、花壇の上を鋭い影のように飛び去った。彼は心の鎮むまで、幾回となく、・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ ――例外の一と二とに現われた二つの道が日本画を救い得るかどうか。それは未来にかかった興味ある問題である。 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫