・・・その人生における職分が政治、科学、実業、芸術のいずれの方面に向かおうとも、彼の伝記が書かれるときには、あのワシントンのそれのように、小学校の教科書には「彼は偉大にして、善き人間なりき」と書かれるようにありたいものである。自分如きも、青春期、・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・作品を、精神修養の教科書として取り扱われたのでは、たまったものじゃない。猥雑なことを語っていても、その話手がまじめな顔をしていると、まじめな顔をしているから、それは、まじめな話である。笑いながら厳粛のことを語っていても、それは、笑いながら語・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・僕が中学校にはいっていたとき、この文句を英文法の教科書のなかに見つけて心をさわがせ、そしてこの文句はまた、僕が中学五年間を通じて受けた教育のうちでいまだに忘れられぬ唯一の智識なのであるが、訪れるたびごとに何か驚異と感慨をあらたにしてくれる青・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・あの三氏の伝説は、あれは修身教科書などで、「忍耐」だの、「大勇と小勇」だのという題でもってあつかわれているから、われら求道の人士をこのように深く惑わす事になるのである。私がもし、あの話を修身の教科書に採用するとしたなら、題を「孤独」とするで・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ 生れてはじめて算術の教科書を手にした。小型の、まっくろい表紙。ああ、なかの数字の羅列がどんなに美しく眼にしみたことか。少年は、しばらくそれをいじくっていたが、やがて、巻末のペエジにすべての解答が記されているのを発見した。少年は眉を・・・ 太宰治 「葉」
・・・力学の教科書はこの急所に触れないように知らん顔をしてすましていた。それでも実用上の多くの問題には実際差支えがなかったのである。ところが近代になって電子などというものが発見され、あらゆる電磁気や光熱の現象はこの不思議な物の作用に帰納されるよう・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・それにかかわらず教科書とノートばかりをたよりにする学生がかなり多数である一方には、また現代既成の科学を無視したために、せっかくいい考えはもちながら結局失敗する発明家や発見者も時々出て来る。 名所旧跡の案内者のいちばん困るのは何か少し・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・しかし考えてみると、多くの自然科学の学生がその研究の対象とする自然を見るのに、あるいは教科書を通しあるいは教師の講義録を通して見るのみで、自分の眼で自分の頭で自然を観察するものが果して幾何あるだろうかという事を考えざるを得なかった。 学・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・の翻訳で読み、あるいは英語の教科書中に採録された原文で読んだりした。一方ではまた「経国美談」「佳人之奇遇」のごとき、当時では最も西洋臭くて清新と考えられたものを愛読し暗唱した。それ以前から先輩の読み物であった坪内氏の「当世書生気質」なども当・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 東京の家からは英語の教科書に使われていたラムの『沙翁物語』、アービングの『スケッチブック』とを送り届けてくれたので、折々字引と首引をしたこともないではなかった。 わたくしは今日の中学校では英語を教えるのに如何なる書物を用いているか・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
出典:青空文庫