・・・急いで書くせいか、数字までせっせと忙しそうなかっこうをしているから、おかしい。そうすると広瀬先生がおいでになる。ちょっと、二言三言話して、すぐまたせっせと出ていらっしゃる。そのうちにパンが足りなくなって、せっせと買い足しにやる。せっせと先生・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・何しろ、価値の大小が、明白に数字で現れるのですからな。殊にゾイリア国民が、早速これを税関に据えつけたと云う事は、最も賢明な処置だと思いますよ。」「それは、また何故でしょう。」「外国から輸入される書物や絵を、一々これにかけて見て、無価・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・ と粗い皺のできた、短い、しかし形のいい指先で数字を指し示した。「はいそのとおりで……」「そうですな。ええ百二十七町四段二畝歩也です。ところがこれっぱかりの地面をあなたがこの山の中にお持ちになっていたところで万事に不便でもあろう・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 小樽の活動を数字的に説明して他と比較することはなかなか面倒である。かつ今予はそんな必要を感じないのだから、手取早くただ男らしい活動の都府とだけ呼ぶ。この活動の都府の道路は人もいうごとく日本一の悪道路である。善悪にかかわらず日本一と名の・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・しかも九時半の処を指して、時計は死んでいるのであるが、鮮明にその数字さえ算えられたのは、一点、蛍火の薄く、そして瞬をせぬのがあって、胸のあたりから、斜に影を宿したためで。 手を当てると冷かった、光が隠れて、掌に包まれたのは襟飾の小さな宝・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・どうぞそれを、お聞きあそばして、いろはでも、数字でも、お算えあそばしますように」 伯爵夫人は答なし。 腰元は恐る恐る繰り返して、「お聞き済みでございましょうか」「ああ」とばかり答えたまう。 念を推して、「それではよろ・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・羅馬数字も風の硝子窓のぶるぶると震うのに釣られて、波を揺って見える。が、分銅だけは、調子を違えず、とうんとうんと打つ――時計は止まったのではない。「もう、これ午餉になりまするで、生徒方が湯を呑みに、どやどやと見えますで。湯は沸らせました・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・そして、あちらの目ざまし時計の数字や、暦の字などを読んでみましたが、一字、一字がはっきりとわかるのでした。それは、ちょうど、いく十年前の娘のじぶんには、おそらく、こんなになんでも、はっきりと目にうつったのであろうと、おばあさんに思われたほど・・・ 小川未明 「月夜とめがね」
・・・妻糸子 三十四歳――という字がぼんやり眼にはいった。数字だけがはっきり頭に来た。女の方が年上だなと思いながら、宿帳を番頭にかえした。「蜘蛛がいるね」「へえ?」 番頭は見上げて、いますねと気のない声で言った。そしてべつだん捕えよう・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・鞭は持たず、伏せをしたように頭を低めて、馬の背中にぴたりと体をつけたまま、手綱をしゃくっている騎手の服の不気味な黒と馬の胴につけた数字の1がぱっと観衆の眼にはいり、1か7か9か6かと眼を凝らした途端、はやゴール直前で白い息を吐いている先頭の・・・ 織田作之助 「競馬」
出典:青空文庫