・・・それから何も物の書けないような可傷しい状態になって、数寄屋橋の煙草屋の二階へ帰る事になった。北村君と阿母さんとの関係は、丁度バイロンと阿母さんとの関係のようで、北村君の一面非常に神経質な処は、阿母さんから伝わったのだ。それに阿母さんという人・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・ 六 銀座四丁目から数寄屋橋まで歩いて、それから廻れ右をして帰って来るとやはりもとの同じ銀座四丁目に帰って来る。廻れ右の代りに廻れ左をして帰っても同じである。これが物理的物質的の世界である。Aから出発してBへ・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・ 邦楽座わきの橋の上から数寄屋橋のほうを、晴れた日暮れ少し前の光線で見た景色もかなりに美しいものの一つである。川の両岸に錯雑した建物のコンクリートの面に夕日の当たった部分は実にあたたかいよい色をしているし、日陰の部分はコバルトから紫まで・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・次は数寄屋橋、お乗換の方は御在いませんか。」「ありますよ。ちょいと、乗りかえ。本所は乗り換えじゃないんですか。」髪を切り下げにした隠居風の老婆が逸早く叫んだ。 けれども車掌は片隅から一人々々に切符を切て行く忙しさ。「往復で御在います・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫