・・・ 三 船場新聞を廃刊してしまうと、お前はすっかり文無しで、たちまち暮しに困った。どうするかと見ていると、お千鶴は家で手内職、お前はもと通り俥をひいて出て、まるで新派劇の舞台が廻ったみたいだった。 当時、安堂寺・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「嚊の産にゃ銭が要るし、今一文無しで仕事にはぐれたら、俺ら、困るんじゃ。それに正月は来よるし、……ひとつお前さんからもう一遍、親方に頼んでみておくれんか。」 杜氏はいや/\ながら主人のところへ行ってみた。主人の云い分は前と同じことだ・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ が、それはそれでよいとして、年寄でもなく、二才でもなく、金持でもなく、文無しでもない、いわゆる中年中産階級の者でも骨董を好かぬとは限らない。こういう連中は全く盲人というでもなく、さればといって高慢税を進んで沢山納め奉るほどの金も意気も・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・帰りに菓子四十銭、ピジョン一箱で、完全に文無しになりました。今シェストフ『自明の超克』『虚無の創造』を読んでいます。彼は云います、『一般に伝記というものは何でも語っているが、只我々にとって重要なことは除外しているものだ。』ぼくは前の饒舌を読・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫