・・・勿論例の主義という手製料理は大嫌ですが、さりとて肉とか薯とかいう嗜好にも従うことが出来ません」「それじゃア何だろう?」と井山がその尤もらしいしょぼしょぼ眼をぱちつかした。「何でもないんです、比喩は廃して露骨に申しますが、僕はこれぞと・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「豚だって、鶏だってさ、徴発にやられるのは俺達じゃないか、おとすんだって、料理をするんだってさ……。それでうまいところはみんなえらい人にとられてしまうんだ。」彼は繰かえした。「俺達の役目はいったい何というんだ!」「おい、そんなこた喋・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・また金持はとかくに金が余って気の毒な運命に囚えられてるものだから、六朝仏印度仏ぐらいでは済度されない故、夏殷周の頃の大古物、妲己の金盥に狐の毛が三本着いているのだの、伊尹の使った料理鍋、禹の穿いたカナカンジキだのというようなものを素敵に高く・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「姉さんはお料理のことでも何でもよく知っていらっしゃる。わたしも姉さんに教えて頂きたい」 とおさだはよく言ったが、その度におさだの眼は光った。 台所は割合に広かった。裏の木戸口から物置の方へ通う空地は台所の前にもいくらかの余裕を・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・それですぐにそのドモクレスを呼んで、さまざまの珍らしいきれいな花や、香料や、音楽をそなえた、それはそれは、立派なお部屋にとおし、出来るかぎりのおいしいお料理や、価のたかい葡萄酒を出して、力いっぱい御馳走をしました。 ドモクレスは大喜びを・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・わたしパリイにいた時、婚礼をした連中が料理店に這入っていたのを見たことがあるのよ。お嫁さんは腰を掛けて滑稽雑誌を見ている。お婿さんと立会人とで球を突いているというわけさ。婚礼の晩がこんな風では、行末どうなるだろうと思ったの。よくまあ、お婿さ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・ああ、帰りしなに電話をかけてビイルとそれから何か料理を此所へすぐに届けさせてくれよ。お祭が面白くないから、此所で死ぬほど飲むんだ。」「へえ。」と剽軽に返事して、老人はそそくさ着物を着込んで、消えるように居なくなってしまいました。佐吉さん・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ちょうど、執務中なので、君の家の泉州という料理屋に行って待っていた。萩原君はそこの二男か三男で、今はH町の郵便局長をしているが、情深い、義理に固い人であるのは、『日記』の中にもたびたび書いてあった。その日はそこでご馳走になって、種々と小林君・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・しかし奴が吐き出すかも知れないと思って、途中で動物園に行くことを廃めにして料理店へ這入ってしまった。幸におれは一工夫して、これならばと一縷の希望を繋いだ。夜、ホテルでそっと襟を出して、例の商標を剥がした。戸を締め切って窓掛を卸して、まるで贋・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・たぶん宿の廚の料理人が引致して連れて行ったものらしく、ともかくもちょうどその晩宿の本館は一団の軍人客でたいそうにぎやかであったそうである。そうしてそのときに池に残された弱虫のほうの雄が、今ではこの池の王者となり暴君となりドンファンとなってい・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
出典:青空文庫