・・・また耳を澄ませて見ても、聞えるのはただ男の喉に、断末魔の音がするだけです。 事によるとあの女は、わたしが太刀打を始めるが早いか、人の助けでも呼ぶために、藪をくぐって逃げたのかも知れない。――わたしはそう考えると、今度はわたしの命ですから・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・という言葉も人間が断末魔に発する「ギャッ」という言葉も、すべてみな「キャッキャッ」から出た言葉であって、一人寂しく寝るという気持が砂を噛む想いだといわれているのも、「キャッキャッ」という言葉がアラビヤ最初の言葉として発せられた時、たまたま沙・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・という一種の技巧論を信じているから、例えば映画でも、息も絶え絶えの状態にしては余りに声も大きく、言葉も明瞭に、断末魔の科白をいやという程喋ったあげく、大写しの中で死んで行く主演俳優の死の姿よりも、大部屋連中が扮した、まるで大根でも斬るように・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ 惣治はいよいよ断末魔の苦しみに陥っていることを思いながらも、耕吉もそうした疑惑に悩まされて行った。 葛西善蔵 「贋物」
・・・板壁は断末魔の胸のように震え戦いた。その間にも私は、寸刻も早く看守が来て、――なぜ乱暴するか――と咎めるのを待った。が、誰も来なかった。 私はヘトヘトになって板壁を蹴っている時に、房と房との天井際の板壁の間に、嵌め込まれてある電球を遮る・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・最後に、お君が復讐したと知って、断末魔の苦しみの中から、見るも物凄い快心の笑を洩す辺。流石と思われるものがあった。 けれども、全体を通じ、忠実な少女お君に、主人の仇討ちを思い立たせるほど纏々としてつきない林之助への執着が統一した印象とな・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
出典:青空文庫