・・・最後に金剛石とかルビーとか何か宝石を身に着けなければ夜会へは出ませんよと断然申します。さすがの御亭主もこれには辟易致しましたが、ついに一計を案じて、朋友の細君に、こういう飾りいっさいの品々を所持しているものがあるのを幸い、ただ一晩だけと云う・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・道具だと断然云い切ってわるければ、そんな道具に使い得る利器なのです。 権力に次ぐものは金力です。これもあなたがたは貧民よりも余計に所有しておられるに相違ない。この金力を同じくそうした意味から眺めると、これは個性を拡張するために、他人の上・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・例えば家計云々の為めに娘を苦界に沈めんとし、又は利益の為めに相手を選ばずして結婚せしめんとするが如き、都て父母の利心に生じて子を弄ぶものなれば、仮令い親子の間にても断然その命を拒絶して可なり。親子の間既に斯の如くなれば夫婦の間も亦然り。夫が・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・らず、天下後世国を立てて外に交わらんとする者は、努ゆめゆめ吾維新の挙動を学んで権道に就くべからず、俗にいう武士の風上にも置かれぬとはすなわち吾一身の事なり、後世子孫これを再演するなかれとの意を示して、断然政府の寵遇を辞し、官爵を棄て利禄を抛・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・すっかり一緒になるか、断然、別々になるか、きめなければいけない。」 ドミトリーには既に妻子があるのであった。彼は、まだそっちとの交渉を決定しきれないで、インガとの関係に入ってしまっている。このことについて云い出したのは、インガとしてはじ・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・赤髭の男は、断然自分の肩と意志の力で段の上へわり込んだ。 交叉点では、黒の裾長外套を着た巡査が、赤い棒を鼻の先に上げたり下げたりして交通整理をやってる。電車にぶら下って行くのを見つけられると、職業組合手帖を見せて、一留罰金をとられる。・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・この日ごろ日本の新聞としての公器性が失われていることを遺憾に思っている真面目な人々は、十一月三日のほとんどすべての新聞がデューイ氏当選確定とかき、デューイ氏断然勝たん、共和党早くも祝賀準備と、まるで丸の内へんで見てでも来たような記事をのせ、・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・それは現在四千万人近いプロレタリアートを失業につき落して餓えさせている世界資本主義に対する共産主義の断然たる勝利を意味するのであることを。ソヴェト同盟の歴史にとって、いや、人類の全体の歴史にとって画時代的なこの五ヵ年計画完成のために、ソヴェ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 私は絶えずチクチク私の心を刺す執拗な腹の虫を断然押えつけてしまうつもりで、近ごろある製作に従事した。静かな歓喜がかなり永い間続いた。そのゆえに私は幸福であった。ある日私はかわいい私の作物を抱いてトルストイとストリンドベルヒの前に立った・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・ けれどもまた彼らから断然冷ややかに遠のいた記憶が同じように私を苦しめる。――とにかく私は自分の愛があまりに狭く、あまりに主我的ではなかったかを疑い始めた。私は彼らの「傾向」を憎んでも人間を憎むべきではなかった。彼らの傾向を捨てても人間・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫