・・・……御新規お一人様、なまで御酒……待った、待った。そ、そんなのじゃ決してない。第一、お客に、むらさきだの、鍋下だのと、符帳でものを食うような、そんなのも決して無い。 梅水は、以前築地一流の本懐石、江戸前の料理人が庖丁をさびさせない腕を研・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・それでね、ここのお寺でも、新規に、初路さんの、やっぱり記念碑を建てる事になったんです。」「ははあ、和尚さん、娑婆気だな、人寄せに、黒枠で……と身を投げた人だから、薄彩色水絵具の立看板。」「黙って。……いいえ、お上人よりか、檀家の有志・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・の四畳半一間あるきり、おまけに頭がつかえるほど天井が低く陰気臭かったが、廓の往き帰りで人通りも多く、それに角店で、店の段取から出入口の取り方など大変良かったので、値を聞くなり飛びついて手を打ったのだ。新規開店に先立ち、法善寺境内の正弁丹吾亭・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・いっさい新規蒔直しだ。……僕らの生活はこれからだよ!」 生活の革命だと信じて思い昂っている耕吉には、細君の愚痴話には、心から同情することができなかったのだ。 惣治は時々別荘へでも来る気で、子供好きなところから種々な土産物など提げ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 新規の測量で、新しく敷地にかゝったものは喜んだ。地主も、自作農も、――土地を持っている人間は、悲喜交々だった。そいつを、高見の見物をしていられるのは、何にも持たない小作人だ。「今度もみんごと、家にゃ、四ツところかゝっとる。」と、親・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・そんなものは仕方がありませんから捨てておしまいなすって、サアーツ新規に召し上れな。」という。主人は一向言葉に乗らず、「アア、どうも詰まらないことをしたな。どうだろう、もう継げないだろうか。」となお未練を云うている。「そんなに・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・そろそろ女の洋服がはやって来て、女学校通いの娘たちが靴だ帽子だと新規な風俗をめずらしがるころには、末子も紺地の上着に襟のところだけ紫の刺繍のしてある質素な服をつくった。その短い上着のまま、早い桃の実の色した素足を脛のあたりまであらわしながら・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ と言いながら、先生は新規に造り足した部屋を高瀬に見せ、更に楼階の下の方までも連れて行って見せた。そこは食堂か物置部屋にでもしようというところだ。崖を崩して築き上げた暗い石垣がまだそのままに顕われていた。 二人は復た川の見える座敷へ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・有り余る程の精力を持った彼は、これまで散々種々なことを経営して来て、何かまだ新規に始めたいとすら思っていた。彼は臥床の上にジッとして、書生や召使の者が起出すのを待っていられなかった。 でも、早く眼が覚めるように成っただけ、年を取ったか、・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ とお三輪は新七に言って、何もかも新規なその窓ぎわのところに腰掛けながら休んだ。「お母さんには食堂の方で休んで頂いたら」 広瀬さんは新七の方を見て、親しい友達のような口をきいた。「どれ、一つおめにかけますかな」と新七・・・ 島崎藤村 「食堂」
出典:青空文庫